唐草図鑑


円柱

柱頭から見た西洋

「中世の教会堂や修道院を訪ねるとそこにはいつも柱頭がある。」
⇒■「柱頭から見た西洋中世」木俣元一
世界美術大全集 西洋編7・西欧初期中世の美術 1997
(テーマ特集p358-365)

meいままで読み漏らしていた論考です・・・。以下引用とイメージ検索を

「柱頭は、建築空間に様々な価値や豊かな意味を付け加える。
石材から成り立つ建築内部に有機的生命を導きいてれいるのみならず、多くの神話や伝説を封じ込めたエンブレムまたは記号でもある。」

アンリ・フォシヨンやユルギス・バルトルシャイティスをはじめとして、多くの中世美術史家が柱頭研究に取り組んできた・
中世の人々もその初期から末期まで常に変わらず、柱頭にいわば取り付かれ、呪縛されてきた。

柱頭の形態学

柱頭下部に接する円形断面を備えた円柱から、
柱頭上部に接し、方形断面を呈する冠板に移り変わってゆく部分に位置する ⇒うねるような形
冠板の上方には更にアーチや梁などが置かれ、建築各部に働く様々な力が交差する場 ⇒そこを起点として建築が支えられることを目に見える形で表現

コリント式柱頭の典型的な例

小アジアにおける最古の作例
ウズンジャブルチュUzuncaburcのゼウスの神殿
Temple of zeus,Corinthian Capital 3世紀前半 トルコ


The Corinthian columns in the temple of Zeus Olbius are the oldest example of the Corinthian style in Asia Minor. The temple also has many animal decorations.

「アカンサスが音を立てて成長し、はじけるような根源的生命力に満ち溢れている」(木俣元一 p359

コリント式柱頭の典型的な例(2)
中世の最も見事な作例 11世紀前半
サン・ブノワ・シュール・ロワール修道院
Saint-Benoit-sur- Loire,Abbatiale,capital of the tour-porche

Abbaye de Saint-Benoît-sur-Loire (chapiteau d'Unbertus).jpg
« Abbaye de Saint-Benoît-sur-Loire (chapiteau d'Unbertus) » par UnbertusTravail personnel, Gentil Hibou. Prise le janvier 2011. Sous licence CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.

UNBERTUS MEFACT(ウンベルトゥス我を作れり)という作者の銘が残る
「円柱と接する部分には、円環状の葉模様が二つ重なり、上部の冠板の突出する角に向かって大きなアカンサスの葉が力強く伸びる。その葉先には渦巻き状の装飾が配され、アーチの力がかかる最も重要な「勘所」に見る者の注意を引く。
正面上部には二つの小さな渦巻きが内を向いて接し、その上に花型装飾が配され、次に重要な箇所を示してくれる」(木俣元一 p359)

me・・ということで、具体的な柱頭装飾の読み方がわかる・・・

記号としての柱頭

コリント式柱頭は、それが本来属していた古代建築すなわち古代文明を強く指示する
建築において古代という理想への依拠を実現するための直接的手段が、古代建築の部材をそのまま再利用し「引用する」こと
ローマでは古代の柱頭が豊富に残っていたため、12世紀までは新しく柱頭を制作することはむしろ例外的であった。(p360)

カール大帝:アーヘン宮廷礼拝堂やサン・リキエのためにラヴェンナから輸入させ再利用した円柱や柱頭は、彼が古代ローマ皇帝のキリスト教における正統な継承者であることを示す
サン・ドニ修道院長シュジェール:イタリアから円柱を取り寄せる・・ 聖遺物のように流通した。

もともと柱頭を覆っている植物文様の適応力は柔軟で、どのような文脈におかれても意味論的に重大な齟齬をもたらすようなことはなかった

異教的古代の建築的伝統という「神話」の上に、キリスト教内部における「伝説」が重層する

ソロモンがエルサレムに7年(?※13年)を費やして建造したというユダヤ教の神殿の正面入り口には「ヤキン」と「ボアズ」と呼ばれる青銅製の柱が立っていた。 この柱のために、銅で鋳造された中東の精密で入念な相称に関する記述が「列王記」上(7:16-20)にある。
この神殿に由来したという伝承のある螺旋形の円柱が、ローマのサン・ピエトロ大聖堂にある。 
柱身はプット―や鳥獣をあしらった葡萄唐草文などで豊かに装飾され、イオニア式とコリント式を合わせたコンポジット(混合)式の柱頭が載る。


コリント式柱頭の中世的変容

7世紀の作例
パヴィーア、サンテウセビオ聖堂、クリュプタの柱頭Pavia,Sant'Eusebio,capital of crypt.
http://www.altomedioevolombardo.it/html/ppavia1-10.htm
交互に上向きの三角形と下向きの三角形が並ぶ抽象的な形に見えるが、かろうじて、コリント式柱頭の構成をかろうじてとどめている

カペストラーノ、サン・ピエトロ・アド・オラトリウム聖堂 8世紀中頃イタリア
Capestrano、San Pietro ad Oratorium,capital
http://foto.inabruzzo.it/provincia%20l'Aquila/A-C/Capestrano-San-Pietro-ad-Oratorium/index.html
?

チミティーレ、サンティ・マルティリ聖堂
9世紀末または10世紀初頭 イタリア
Cimitele,Santi Martiri,capital of north side portal
http://www.nocciolaitaliana.it/comune/cimitile/

カプア、サン・ジョヴァンニ・ディ・ランデバルディに由来する柱頭
9世紀末または10世紀初頭 イタリア
capital from Capua,San Giovannni dei Landepaldi. Cupua,Palasso Fieramosca http://www.diocesidicapua.it/
http://images.alinari.it/img/480/("http://www.alinariarchives.it/)

アクィレイア大聖堂、ポーチの柱頭 9世紀イタリア
Aquileia,VDuomo,capiral of the Porch

ポワティ、サン・ティレール・ル・グラン聖堂 内陣周歩廊
11世紀 フランス(Wikipedia
Poitiers,Saint-Hilaire-le-Grand,capital of an ambulatory column
http://structurae.info/ouvrages/basilique-saint-hilaire-le-grand
http://www.alienor.org/publications/age-roman-2011/vegetal.php


LrePoitiersStHilaire6.jpg
« LrePoitiersStHilaire6 » par Ziegler175Travail personnel. Sous licence CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.

上部の渦巻き装飾を除き、全く何も装飾されていない平らな表面。
→表面を覆っていた漆喰をはがしたところ、その下から(絵の具で)描かれた装飾が姿を現した(p362)


カラート・セマン修道院聖堂 ナルテクスの柱頭 470年頃シリア
Qalaat Seman,Monastery church,capital of the narthex.
http://syn-dentro.blogspot.jp/2013/12/from-qalat-siman-to-saydnaya.html

Architectural detail, Saint Simeon Stylites Basilica, near Aleppo, Syria.jpg
Architectural detail, Saint Simeon Stylites Basilica, near Aleppo, Syria“ von James Gordon from Los Angeles, California, USA - Architectural detail, Saint Simeon Stylites Basilica, near Aleppo, Syria. Lizenziert unter CC BY 2.0 über Wikimedia Commons.

コリント式円柱の一変
アカンサスの葉をあたかも風に吹かれているかのように柔らかくなびかせる
このタイプの柱頭は5世紀にシリア北部のカラート・セマンやラヴェンナなどに現れ、その後西ヨーロッパにまで広がってゆき、最終的にはブールジュ大聖堂などのゴシック建築の柱頭のレパートリーとなる。(p362)

中世の柱頭は、本来のコリント式柱頭と比較すると、かなりずんぐりしたプロポーション。これはウィトルウィクスの「建築」十書」に語られるコリント式柱頭のプロポーション理論を、中世独自の支柱システムの中で応用したためと考えられる。
柱頭は円柱の底部の直径と同じ高さを持たなければいけないと記されている。
コリント式柱頭はアバクス(柱頭上部の板)を含む。しかし玉縁(柱頭と支柱を区別する丸い刳形)(くりがた)を除く。
中世では玉縁が柱頭下部につけられていた。
本来のコリント式オーダーは上部に行くほど細くなる。中世では太さが皮rない。
中世では柱頭を柱礎として再利用している例がある。

古代では装飾されることが稀だった柱礎に人物や動物そして怪物などの形象を表す例が中世では多い。これも柱頭装飾の特性が反映した結果と解することができる(p363)

パヴィーア、サン・ピエトロ聖堂 柱礎 12世紀 イタリア
Pavia、San Pietro,base

コリント式柱頭の中世的変容の最終段階として、ロマネスク彫刻において柱頭が物語を表現しはじめるという重大な局面がある。最後には、コリント式柱頭の構造自体が失われる。

柱礎には、勝利するキリストないしキリスト教化によって、つまり建築的には教会堂の支柱によって踏みつけられるべき存在、すなわち蛇、ドラゴン、悪魔などの邪悪さを象徴するようなモティーフが表される例が多い。

メディアとしての柱頭

物語柱頭の成立

弟子の足を洗うキリスト トゥルーズ、ラ・ドラード修道院に由来する柱頭 11世紀前半 フランス オーギュスタン美術館
Washing og the feet,capital.From La Daurade,Toulouse,France.Toulouse,Musee des Augstins

11世紀前半のサン・ブノワ・シュール・ロワールの塔玄関の地階柱頭では、柱頭を構成する量塊(マッス)がしだいに人体や動物などの形象に置き換えられてゆくプロセスを手に取るようにたどることができる

12世紀中期を過ぎると、柱頭の領域から物語は突然撤退する。多くの柱頭では植物文様が中心となり、図像的表現を伴わなくなる。これが12世紀後半から13世紀前半にかけてのステンドグラスという媒材の発展と結びついた現象であることは明らかである。
大規模なゴシック大聖堂ではロマネスクの教会堂のように柱頭に描かれたイメージと対面できるような位置に、しかるべき大きさの柱頭を配置することができない。

描かれた柱頭

『聖書写本(ビブリア・イスパレンセ)』対観表 900/980年頃 43.4×32.0cmマドリード、国立図書館
Biblia Hispalense,Canon Table. Madrid Biblioteca nacional,Cod.Vit.13-1,f.278. 対観表(カノン)=各福音書の対応関係を示す

ヤン・ファン・エイク作 宰相ロランの聖母(部分)(Wikipedia
15世紀フランドルの絵画

Jan van Eyck 074.jpg
"Jan van Eyck 074" by Jan van Eyck (1390年頃–1441) - The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.. Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

me8ぺ―ジの特集に挙げられていたのは14イメージ。デジタル環境で、引用できたり見ることができたモノがいつもより少なく、まったく見られなかったものが6つあり。レベルが深かった。
いきなりロマネスクの(怪物の)柱頭を見ていたので、古代から中世へ、またその時代を超えていく、アカンサスの柱頭のイメージを、ゆるやかに一望できたのが、面白い。
→ソロモン神殿の「ヤキン」と「ボアズ」と呼ばれる青銅製の柱の方はザクロとユリのようなので、別にもう少し見ます。
また、最近の円柱関係のページは・・
5世紀の円柱

me文様:唐草図鑑補足 円柱と美に戻る
『図説西洋建築の歴史 美と空間の系譜』 (佐藤達生著 河出書房新社2005年刊)
⇒ぬきがき少々はこちらへ(建築-美と空間


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現代のニューヨークの大聖堂の柱頭
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