ボッティチェッリの擬人像
デビュー作≪剛毅≫
Fortitude – Sandro Botticelli
ほとばしるような感情表現は、伝統的な擬人像と一線を画する
名声を得た初期御傑作
圧倒的な個性を放つデビュー作
京谷啓徳(『もっと知りたいボッティチェッリ』p8)
『Fortitude , 節制 , 信仰 , チャリティー , 希望, 正義, Prudence』
神学的な美徳(信仰、希望と慈善)と枢機卿の美徳(頑健性、慎重さ、正義、テンペランス)はもともとフィレンツェのメルカタンツィアの裁判所の部屋の背もたれの装飾の一部を形成しました。
the ground floor of the Uffizi.収蔵
節制
信仰
慈善
希望
正義
賢明
1470年10月9日、師フィリッポ・リッピがスポレートで亡くなり、同年ボッティチェッリは自らの工房を構えた。同年6月18日から8月18日まで、彼は初めて公的注文を受けて働き、高い名声と反響を受けた。
Wikipedia
フィレンツェの商業裁判所のスパッリエーラ(背もたれ)ために制作した《剛毅》のことである。このパネル画はピエロ・ポッライオーロが制作した一連の《七徳》に嵌められることになっていた。ボッティチェッリはポッライオーロが提示した計画案を知っていたが、それとは全く異なる方法で制作した。ピエロが用いた大理石製の質素な席に、豪華に装飾された玉座を描き、司法官の務めに関する道徳的特質を喚起する奇抜な形体が採られた。つまり、この美徳をもつのに必要な「大切なもの」を象徴的に表したのである。建築はそこに座る女性の堅固で彫塑的で、とりわけ美しい姿を一体になる。ボッティチェッリは初期の模範から徐々に距離を置き、彼の同時代人たちの様式から本質的に異なる様式を生み出すことで、当時のフィレンツェの芸術における唯一無二の存在となったのである。
晩年の≪誹謗(ラ・カルンニア)≫
古代文献に基づき基礎て表現された主題
古代絵画の復元:≪アペレスの誹謗≫
古代ギリシアでもっとも著名な画家アペレスが描いた現存しない作品について、アルベルティが『絵画論』で引用した、ギリシアの作家ルキアノスが残した記述に基づき、その復元を試みたもの
≪誹謗≫の擬人像:画面中央で左手に松明を持ち、右手で≪無実≫の髪を曳き≪不正≫の前に引きずり出す
≪憎悪≫の擬人像:黒衣の男
≪欺瞞≫と≪嫉妬≫の擬人像は≪誹謗≫の髪を忙しなく整えている
≪不正≫の擬人像:画面右側の玉座に坐す ロバの耳をしたミダス王に扮する審問官
≪猜疑≫
≪無知≫
≪無実≫若い青年姿
≪悔悟≫:後ろを振り返る黒衣の老婆
≪真実≫:一人孤立して天を指差している
サンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli)と師フィリッポ・リッピ(Fra Filippo Lippi)の絵画の切手
- 2018-09-15 美術の言葉[擬人像]
- 2018-09-01 美術史学・邦訳文献
- 2018-08-29 チェザーレ・リーパ「イコノロジア」の図
- 2018-08-25 パノフスキー≪時の翁≫像