(以下再掲) 袁 珂の『中国の神話伝説』開闢篇で、中国の怪物・神の図像を、順番に見ていきたい。
まずは予習から。
『中国の神話伝説』は、盤古から秦の始皇帝までの神話伝説を対象としている、(by 袁 珂 まえがきのP13)
なかなかすっきりしたまとめで、ためになりますね。
ただ。
盤古が追加されたのはだいぶ後の話であるというが・・・
(『中国の神話・伝説』序論篇の第二章p35)
スピ―ド解説は参考にしますが、中国神話研究第一人者の本、ゆっくり読んでいきます・・
(別の、地理の話もよかったので、この
Youtuberさん登録しました。)
世界巨人
「原父殺害」などともよばれる。巨
人が殺され、その死体から世界が創
られるというものである。
マルドゥクに殺されたティアマト
にもその性格がうかがえるだろう。
インドの『リグ・ヴェーダ』は、巨
人ブルシャが供物として捧げられ、
殺されたときに、「意」(思考器官)
から月が、目から太陽が、気息より
風が生じたとする。
そのプルシャの神話とよく似て
いるのが中国の巨人盤古である。
盤古が死ぬと、息は風雲に、声は
雷に、左目は太陽に、右目は月に、
手足と体は山に、血は川にという。
ように、さまざまなものに変化し
たという。

A copy of Sancai Tuhui from the Asian Library in the University of British Columbia
Author
Wang Qi (1529–1612)
盤古は天地創造の神であり、時系列で考えれば人類創成の神とされる伏羲・女媧よりも前に存在したことになる。しかし、少なくとも文献による考察によれば盤古の存在が考え出されたのは、前述のごとく呉の時代(3世紀)であり、『史記』(前漢・紀元前1世紀)や『風俗通義』(後漢・2世紀)に記述がある伏羲・女媧など三皇五帝が考え出された時期よりも後の時代ということになる。
イヴ・ヴォンヌフォアの『世界神話大事典』を参照すると、盤古は5ページほどに言及されている。
「 盤古の有名な神話が登場するのは紀元後3世紀の『三五歴記』からである。」・・
しかし、中国の宇宙創成説については、「古代中国文学ではいかなる宇宙創成神話も含まれていない」、
『老子』『列子』『韓非子』が語っていることを「神話」と呼ぶことはできない、という。(p1111)
「(道教によれば)
世界の形成は
周期的進行の到達点である(中国思想の基本理念の一つ)。
民間では混沌の思想というものが存在していたらしく、荘子はこれを寓話に利用した・」
というわけで.袁 珂著の『中國神話伝説大辞典』(1999 大修館書店刊 鈴木 博訳)の盤古の項を見ます。
『三五歴記』
【盤古】天地を創造した神。唐代の 『芸文類聚』(卷一)(に引く三国時代の徐整の『三五歴記』に、「天地が渾沌として鶏の 卵のようであったときに、盤古はそのなかに 生まれた。」
一万八千年たって、天と地が分か
れ、軽くて透き通っているものがゆっくり登
っていって天になり、重くて濁っているもの
がゆっくり沈んでいって地になった。
盤古の
体はそのなかで一日に九回も大きな変化が生
じ、天や地よりも神聖になった。
天は一日に
一丈ずつ高くなり、地は一日に一丈ずつ厚く
なり、盤古も一日に一丈ずつ背が高くなり、
こうして一万八千年たった。
天はますます高
くなり、地はますます厚くなり、盤古はます
ます大きくなった。
その後、三皇が現れた。 数は一から始まり、三で立ち、五で定まり、 七で盛んになり、九に止まる、それゆえ天は 地から九万里離れた」とある。
清代の馬驌(1621-1673)の『繹史』(えきし) 巻一に引く『五運歴年紀』に、「この世にはじ めて生まれた盤古が臨終を迎えたとき、その 全身に大きな変化が生じ、口から吐き出す息 が風と雲、発する声が雷鳴、左目が太陽、右 目が月、四肢と五体が大地の四極と五岳(山東 省の東岳泰山、陝西(誘)省の西岳華山、安徽 (勢)省の南岳衡山、河北省の北岳恒山、河南 省の中岳嵩すう山、血液が河川、筋と血管が 道路、筋肉が田畑、毛髪と髭鬚がししゅが天上の 星、皮膚と産毛が草花や樹木、歯と骨が金と 石、心髄が珠玉、汗が雨や露になり、身中の さまざまな虫が風に感応し庶民に化した」と ある。
この二つの記事は盤古神話の原型であり、 その開閥の光景はきわめて哲理化されてお り、庶民のあいだに伝わるものとは異なる。
明代の周游の『開闢衍繹通俗志伝』
第一回に「盤古氏が身を伸ばすや、天は
どんどん高くなり、地はどんどん下がってい
った。
しかし、天と地は連なっていたので、
左手に鑿(ごを執り、右手に斧を持って、斧で
割いたり鑿でうがったりした。それからしば
らくして、天と地は分かれた。
陰陽の二気が
昇降し、透き通ったものが登っていって天に
なり、濁ったものが沈んでいって地になり、
混沌が収まった」とあり、その光景がよく分
かり、さきの盤古神話を補うことができる。
また、明代の董斯張の「広
博物志』巻九に引く『五運歴年紀』には「盤
古の君は龍の頭、蛇の体で、息を吐けば風雨、
息を吹けば雷鳴、目を開ければ白昼、目を閉
じれば暗夜になった。
死後は、骨節が山林、
体が川や海、血が淮(四)水、毛髪が草木になっ
た」とあり、
『繹史』に引く『五運歴年紀』と
異なるが、両書が参照した『五運歴年紀』が
異なるのかもしれない。
その姿や神通力は、前漢代初期の『山海経』
「大荒北経」にいう章尾山の燭龍に似て
いる。
天地を開闢した人物は、第一章で述べたように、いずれ も似て非なるものであるが、それではいったいだれなの であろうか。 (p102)
この言葉の後の話を長々とよんだが
一向に開闢の話は始まらなかった。
伝承によると、むかし、高辛王のころ、ある年、王后
が突然耳の病気になり、いろいろ治療を試みたが、効果
がないまままるまる三年たち、ある日、耳のなかから黄
金虫が一匹飛び出してきた。形は蚕に似ているが、長さ
が三寸ほどもあった。その虫が飛び出すや、たちまち耳
の痛みはなくなった。
王后が不思議に思い、縦割りにした瓠にその虫を入れ、
盤子で蓋をすると、なんと竜犬に化した。全身が錦のよ
うに彩られ、五色の斑におおわれ、燦然と光を放ってい
た。盤子と瓠のなかで変身したので、「盤瓠」と名づけ
た。
盤瓠がすぐ人間のことばで言った。「王様、どうぞ心
配なさらないでください。わたしを金の鐘のなかに七日
七晩入れておいてくだされば、わたしは人間になること
ができます」
それを聞いて、高辛王はとても奇妙に思ったが、盤瓠
を金の鐘に入れ、どうなるのかみてみようと考えた。
一旦、二日、三日⋯⋯⋯六日目になった。結婚を期待し
ていたやさしい王女は、盤瓠が飢え死にしてしまうので
はないかと心配し、そっと金の鐘を開けてのぞいた。
盤瓠はすっかり人に化していたものの、頭だけはまだ変わ
っていなかった。しかし、それっきり変身できなくなっ
てしまった。
こうして、盤気が金の鐘から跳び出してマントを羽織
り、王女も犬の頭の形をした帽子をかぶり、二人は王宮
で結婚した。
結婚したのち、盤狐は妻を連れて南山にはいり、人跡
未踏の深山の岩穴に住みついた。王女は雅びな服を脱い
で庶民の服を身にまとい、みずから野良仕事をやり、ひ
と言も怨み言を口にしなかった。盤瓠は毎日狩りに出か
けてなりわいとし、夫婦は仲むつまじく幸せな日びを通
ごし、数年のあいだに三男一女をもうけた。
そして、子
どもたちを祖父母に会わせに行った。
子どもたちにはまだ姓がなかったので、盤瓠は姓を賜
わるよう高辛王に頼んだ。
高辛王は、長男は盤子のなか
で育てられたので盤、
次男は籃子(籠)のなかで育てら
れたので藍という姓を授けたものの、
三男はどんな姓を
授ければいいのか思い浮かばなかった。おりしも天空で
雷鳴がとどろいたので、雷という姓を授けることにした。
娘は、成人してから勇敢な兵士を婿に取り、夫の姓に従
って鍾を姓とした。盤、藍、雷、鍾の四家族はたがいに、
婚姻関係を結び、子孫が繁栄して国の支柱になり、どの
家族も盤狐を共通の先祖とあがめた。
中国南部のヤオ族、ミャオ族、リー族⋯⋯のあいだに、 このはなしと大同小異のものが流布しており、「盤瓠」 はなまって「盤古」になっている。
ヤオ族の人民は盤古 を非常に敬虔に祀り、「盤王」とよび、人びとの生死、 長寿、貧賤はすべて盤王が握っていると考えている。
日照りに見舞われるたびに、盤王に祈禱するとともに、 王の像を掲げて田畑の間をねり歩き、作物を見てまわる。 ミャオ族にも『旧約聖書』の「創世記」のような「盤王 書」があり、盤王はさまざまな文物や器具を発明したと うたわれている。
以上の話の後、ようやく、初めに挙げた大辞典の内容になる。
天地がまだ分かれていないとき、宇宙は暗黒で混沌と しており、大きな鶏卵のようであって、われわれの先祖 の盤古はこの大きな鶏卵のなかで育まれたという。(p101)
盤古は、この大きな鶏卵のなかで成長し、ぐっすり眠
りながら、一万八千年を過ごした。
ある日、突然目がさ
め、目を開いてみたが、なんとなにも見えなかった。目
にはいったのは粘ついてまっ黒なものだけであり、ひど
く憂鬱な気分になった。
そのような状態は非常に困ると感じ、大きな憤りを抱
くや、どこからともなく大きな手斧を取り出し、目の前
の暗黒の混沌に向かって力いっぱい振り下ろしたが、山
が崩れ地面が裂けるような音がしただけであった。
ガラ
ガラという音を響かせて、大きな鶏卵が突然割れた。
な
かにはいっていた軽くて透き通ったものがゆっく
ていって天になり、重くて濁ったものが沈んでいって
になった。
―はじめ混沌として未分化であった天地は、
こうして盤古の手斧のひと振りによって分かれ
た。
天と地が分かれると、盤古は天と地がふたたびくっつ
くのを恐れ、頭で天を支え足で地を踏んで天地の間に立ちはだかり
ふたたび暗黒の混沌に戻らないようにしていたのである。
天地の変化につれて変身していった。
天地の間に立ちはだかって天を支える苦しい仕事をし
ていながら、盤古には何年たったかわからなかった。
の
ちに、天と地の構造がかなり強固になったようで、もは
や天地が合体するのを心配する必要がなくなったので、
また実際にちょっと休む必要もあったので、ついにわれ
われ人類と同じように倒れて死んでしまった。
盤古が臨終を迎えたとき、
その全身に大きな変化が生じた。
口から吐き出した息が風と雲に、声が雷鳴に、左
目が太陽に、右目が月に、手足と胴が大地の四極と五大
名山に、血が河に、筋と血管が道に、筋肉が田畑に、髪
の毛と髭鬚が天上の星に、皮膚と産毛が草花や樹木にな
り、歯や頭や骨も光り輝く金属、堅い石、まるい珍珠、
潤いのある玉になり、いちばん使いみちのなかった汗で
さえ雨や露になった。
――要するに、ひと言でいえば、
「死に垂んとして化身した」盤古は、その全身で新たに
誕生した世界を実のある美しいものにしたのである。
盤古の神力と化身についても、さまざまな伝説がある。 盤古が喜ぶとうるわしい晴天になり、悩んだり怒ったり すると天空に陰々たる暗雲がたちこめるというのもある。
さらに、盤古は竜頭蛇身で、息をゆっくり吐けば風雨に、 いよく吐けば雷に、目を開けば白昼に、閉じれば なり、姿と神力が『山海経』に書かれている鍾山 竜神と完全に同じという独特のものもある。
これら相異なる伝説にも共通点が一つある。つまり、
地を開闢した盤古に尊敬と崇拝の念を抱いているこ
ある。
それゆえ、南海に盤古の霊魂を追葬した三
にわたる墓(遺体を葬ったとすれば、あまりにも小さす
ぎることはいうまでもない)があるとか、盤古という姓
しかない盤古国があるとか、語り継がれているのである。(p106)