『山海経』
「中国文学をつまみ食い:『詩経』から『三体』まで 」(70項目の5番目)

以下引用です。
この項の著者は中根研一氏
図は、
以下引用(p12-13)
奇々怪々,中国古代怪獣総進撃!
「論語」「述而篇」に見える「子、怪力乱神を語らず」とは、
むやみに不思議なことについて語るべきではないという孔子の態度を表した言葉とされるが、中国では古代より奇々怪々な怪獣や妖怪の物語に事欠かない。
その中でもおそらくは最古と思われる書物に、『山海経』」がある。のっぺらほうで6本の脚に4枚の羽を持ち、口もないのに歌って躍る「亭江
(図1),
ひとつの頭に十の身体で泳ぐ魚「何羅魚」。
人々の胸に竅がほっかり空いている「貫匈国」(図2),
常に脛を交差させている民の住む「交脛国」。
人面魚身の「氐人国」(図3)······。
その他,三本脚の鳥,独脚の牛,身体の前後に頭のある豚、翼の生えた人,手足が異様に長い人などなど,「
『山海経』を紐解けば、この世のものとは思えない奇々怪々なキャラクターたちが,所狭しと蠢いている。
さながら妖怪図鑑か怪獣百科といった趣だ。
さらには,それを食した場合の効能なんぞもしばしば書き添えられていたりする。
ちなみに(九尾の狐」は人を食うが,逆にこれを食べると邪気に襲われぬとある。食うか
食われるか⋯⋯⋯勇気ある御仁はお試しあれ。
まるでカタログを読むかのように,その土地の動植物や民族の名前と特徴が,ただひたすら淡々と羅列されていく中で,ある程度物語性を備えたキャラクターも登場する。
刑天(図4)はある時,天の帝(黄帝とされる)と神の座を争って戦い、首を切られて常羊の山に葬られた。しかし刑天は死なず,自らの乳を目とし、ヘソを口として立ち上がり,
干戚を持って舞ったという。
まるでヘソ踊りのような滑稽なヴィジュアルの怪物で,荒唐無稽な話に思えるが,
中国の神話学者袁珂(1916-2001)は
刑天を伝説上の帝である神農炎帝)の臣下とみなし、
この記述を古代の黄帝と神員の争いに関連した戦いを描いたものだと考察する。
早くに散逸し、体系的な形では伝わってこなかったとされる中国古代神話の断片を、「山海経」の中にかいま見ることができる。
古代の奇書-ジャンル不明の謎の書物く
現存する『山海経』は全18卷。地域名や距離などが具体的に記されているため
一般的に「古代の地理書」などと紹介されることも多いが、
その記述は現実世界の地理を反映してはおらず、その地に産するとされる動植物や鉱物、民俗、そして神々の姿形はたぶんに空想的である。
その作者や製作日的は不明だか,各巷の成立年代は一様ではなく、
おそらくは戦国時代から漢代にかけて複数の書き手によって,徐々に書き足されていったものと考えられている。
しかし,その非現実的で奇怪な内容から,長らく学者たちからはまともに相手にこされず,『山海経』の書名に言及した最古の記録である『史記」「大宛伝」からして「余,敢えて之を言わざるなり(わたしは敢えてこれに言及しない)」と司馬遷に評されているありさまだ。
漢代に
劉向(前77-前6)劉歆·(前50?-23)父子によって校訂されたものの、
荒唐無稽な内容ゆえに足らない書とみなされ,その後久しく顧みられずに廃れそうになっていたところ,その散逸を危惧した晋の郭璞かくはく(276-324)が
詳細な注解を施してその命脈を保った。
さらに清代になり,郝懿行(1757-1825)によっても数々の典拠を加えた詳細な注が付けられている。
3明清時代〜現代にも息づく怪獣たち
もともと「山海経』にはオリジナルの絵図があったとされるが,後世には伝わらず、
今見ることのできるのは皆,明清時代に描かれたものである。
印刷術が発達し、『山海経』の絵入り本が大量に流通するようになっていったこの時代はまさに古代の怪獣・妖怪たちが増殖を繰り返した時期といえよう。
清代の李汝珍の小説「鏡花緑」(1818)では、主人公が「山海経」に出てくる不思議な国々を巡っている。
絵入りの「山海経』の版本は日本にも流れ込み,亜流本の流行を招いた。
鳥山石燕(1712-88)や葛飾北斎(1760?-1849),歌川国芳(1798-1861)といった浮世絵師も,しばしばその作品の中に個性あふれる『山海経』のキャラクターたちを登場させてもいる。
ちなみに魯迅(1881-1936)も幼少期に絵入りの『山海経』を買ってもらい
夢中で読んだと「阿長と『山海経』」(「朝花夕拾」1932所収)で回想している
清末の絵入り新聞『点石斎画報」では,謎の生物出現の記事にしばしば『山海経』の怪獣の姿が引用され,描かれている。
20世紀に入ってからも、所謂。未確認動物〈野人〉や〈水怪〉などの報道の際には,その正体探しのため
『山海経』が必ずといっていいほど紐解かれる。
近年,映画産業が盛んな中国では,伝奇ファンタジー映画のキャラクターとしても,あちこちで重宝されているようだ。
荒唐無稽とされ散逸しかかった『山海経』も,今や様々なメディアで誰でも楽しむことができる。
郭璞たち先人の努力に感謝しつつ,古代から現代まで生き延びてきた怪獣たちの姿を,堪能してみてはいかがだろう。
映画は中国を目指す (映画秘宝collection)
中根 研一 2015/8/6
