唐草図鑑

「ラオコーン」の二匹の蛇

(ギリシア彫刻の聖獣)


■Laocoon Sculpture in the Vatican Museum, Rome.
Picture by de:Benutzer:Fb78. 『ウィキペディア(Wikipedia)
ラオコオン  (紀元1世紀)ローマ ヴァチカン美術館
1506年にローマ皇帝ネロの大宮殿ドムス・アウレア(Domus Aurea、黄金宮殿)の近くから出土
「神から愛された男」ミケランジェロ・ブオナローティ(1475- 1564)はその時31歳で、現場に駆け付けた。
※ (Nero Claudius Caesar Drusus Germanicus) はローマ帝国の第5代皇帝、37-68自殺)
世間一般で最も有名なギリシア彫刻は「ミロのヴィーナス」であるが、芸術史において最も有名なギリシア彫刻は、ミケランジェロが「芸術の奇跡」とよんだ古代作品である「ラオコーン」である・・

(「美学・芸術学研究」p97より 青山昌文著2014)


いままで、「二匹の蛇」のテーマで少し見たのはこちらである。また、「蛇に巻かれた人」のテーマでみたのはこちらである。 前者は二であること、後者は巻きつかれていることから見、Warburgヴァールブルクの「蛇儀礼」からも見たのであるが、 ここで、もう少し見てまとめたい。

プリニウスの博物誌 第36巻37 

「ラオコーン」については (大理石の彫刻家として名をなした) 最初の彫刻家たちとして、 ディポエヌスとスキュリス、 キオス派、 フェイディアスとその弟子たち、プラクシテレスその他の解説がされた後、
「 37 共同で作られた作品その他」に出てくる。
「これらの人々以外には有名な人はあまりいない。ある人の作品が著名なものであったとしても、ただ一つの作品に共同した芸術家が何人もあったため、その人の名声はぼやけてしまう。
その例はティトルス帝の宮殿にある「ラオコーン」だ。これはどんな絵画にも、どんな青銅作品にも勝る作品である。
ラオコオン、その子供たち、そしてすばらしいヘビの絡みつき、
これらはいずれもロドス人である、ハゲサンドロス、ポリュドロス、そしてアテノドロスの卓越した工芸家達が、一致したプランにしたがって、 一個の石塊から刻んだ(※)ものである。
by 『プリニウスの博物誌』第三巻 中野定雄他訳 雄山閣1996年刊  

※一塊の大理石から彫りだされているとも書かれているが、後年発掘されたこの彫像は7つのパーツが組み合わされて出来ていた
プリニウスは『ラオコーン像』のことを「あらゆる絵画・彫刻作品のなかでもっとも好まれている」とし、すべての芸術作品の中では彫刻がもっとも優れているという、伝統的な考えをもたらしてきた。 by Wikipedia

 

「ラオコーン」の蛇


Warburgヴァールブルクは「蛇との関係は、物神崇拝から純粋な救済宗教へと変更していく信仰の純度を測る測定器になる」としている

絞殺者としての蛇(冥界からの暴力)強力な悲劇的象徴
正義も救済の希望もない、古代の絶望的なペシミズム」
…ペシミズム的世界観における精霊としての蛇


「ラオコーン」解説

 

ラオコーンの物語は有名なトロイア戦争のときに、ギリシア軍のいわゆる「トロイの木馬」の計略を正しく見抜いたトロイアの神官ラオコーンが、ギリシア方に味方する神によって、ギリシアを勝利に導くために、不当にも殺されたというもの

by  青山昌文前掲書P 97 
非業の死を遂げる一瞬の、激しい感情表現
ヘレニズム美術の特徴=激しい劇的な感情表現
生々流転する激動のただなかに個人として生きてゆかねばならない時代にふさわしい芸術であり、当時の世界の本質を見事にミメーシスしている作品である
by  青山昌文前掲書P 98 

不合理な運命に空しく立ち向かう人間の苦しみを「効果ある一瞬」で永遠化する  
by  中山典夫「世界美術大全集」第4巻(小学館1995年) 

 
この彫刻の気品あふれる悲劇性はドイツの詩人・思想家ゴットホルト・エフライム・レッシングの文学・美学のエッセイのテーマの一つで、その著書『ラオコーン Laokoon』は最初期の古代美術論争の一つ「ラオコオン論争」を巻き起こした。
 ブレイクの意見では、古代ギリシア・ローマ時代の模倣は創造活動には害悪でしかなく、ユダヤ教とキリスト教の精神を背景にした芸術との比較において古代彫刻は陳腐な写実主義に過ぎないとした。 18世紀のドイツ人美術史家ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンは、本来厭わしいはずの衰弱と死の瞬間を捉えたこの彫刻が賞賛されている矛盾を文章にした 。
by Wikipedia

2014-05-12


 
この論争は、ジャンル論を生んだ契機として有名である。
ゴットホールト・エフライム・レッシングはその著書『ラオコオン』(1766年)で、1506年にローマで発掘された彫刻・ラオコーン神像を論じ、ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンの『ギリシャ芸術模倣論』(1755年)のラオコーン像賛美に挑んで論争を起こした。
by Wikipedia :ラオコオン論争[要出典] [独自研究?]となっているが

続く2014-05-15


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