M.ルルカー「聖書象徴事典」の
唐草関連項目を見る
池田紘一訳 (1988) 人文書院
内容(「BOOK」データベースより)
芸術家や詩人の想像力を刺激した聖書とその象徴。―ヨーロッパの長い象徴の歴史と伝統を理解するための格好な事典。
内容(「MARC」データベースより)
学問的裏づけを持ちながら、わかりやすい言葉を用いて、旧約聖書および新約聖書の形象と象徴について、50音順に解説する。各項目について、聖書以前・聖書周辺、旧・新約聖書の記述、中世の典礼や美術の順に記載
蓮・ロータスは唐草文様の根源となる植物であるが、この『聖書象徴事典』では、聖書とは関係がないと判断されたのかその項目はない。(→花の項に少々出てくる)
ブドウとナツメヤシこそはあるのだが、 ツタもない。
アザミ(薊)はイバラの項にあるらしいが、 アカンサスもまたない。(ゲルト・ハインツ=モーアの『西洋シンボル事典—キリスト教美術の記号とイメージ—』では、ロータスはないが、ツタとアカンサスはある。
→そちらの原書は、1971ミュンヘン刊、訳書は八坂書房刊)
ボタンもこの事典の対象外であるが、ボタンはそもそも考えるまでもなく、唐草の根源に関連する植物とは言えなかったようだ。それはただ、東洋現代においては、どうだろうかということであった。
以下でルルカーの象徴事典の関連項目を精読します・・
マンフレート・ルルカー(Manfred Lurker)1928ドイツ生 1974~ザルツブルク象徴研究協会会長 ドイツにおける象徴研究の第一人者
『美術における象徴、神話、伝説』(1974第2版)
『信仰と美術における樹』(1976第2版)
『古代エジプト人の神々と象徴』(1976第3版)
『象徴としての円』(1981)
『鷲と蛇—諸民族の信仰と世界像における動物象徴』(1983)
『神々と魔人の辞典』(1984)
『象徴、象徴概念、象徴研究に関する論文集』編集(1982)
『象徴事典』(1983第2版)責任編集
聖書象徴事典索引
この事典の索引は 以下の通りの区分であった
1 神名、神獣名、人名索引・註
2 象徴的意義索引
3 ドイツ語項目索引/フランス語項目索引/
英語項目索引/
日本語項目索引
4 聖書引用索引
植物関連項目 15
アーモンドの樹と実
開花が1月から始まる→古代オリエント:宇宙は殻の形をした原初の実から生じた ヘブライ語のアーモンドの樹=シャケード見張りの樹、第一の部族 アーモンドの実=mandola マンドルラ 大身光イチジクの樹と実
古代ギリシア・ローマでは主食 豊饒 古代インドでは宇宙樹 モーセの書約束の地を特徴づける果実の一つ 無花果の葉=罪の象徴(教父神学),神の慈悲の恩寵(アウグスティヌス)茨と薊
罪に対する罰の象徴 現世の苦痛の象徴 殉教者の描写に好んで用いられるオリーブの樹
ギリシア人にはゼウスに奉献される聖なる樹 死者を墓に葬るにオリーブの葉を一緒に入れる=黄泉の神々をなだめるとりなし 人間は野生のオリーブの樹の一枝だが、神が高貴なるオリーブの樹に接ぎ木し、その枝は聖なる根の豊かな養分に与る(パウロ)古代キリスト教美術の墓石のオリーブの樹と枝=死者の辿り着いた永遠の平安の暗示果実と実
古代アッシリア美術の様式化された生命(いのち)の樹 笠松の丸い実(松毬)で生命の樹の花を撫でる=ナツメヤシを人為的に実らせようとする象徴的行為 果実=豊饒と生命の象徴ガイアの贈ったゼウスとヘラの婚礼のお祝い=黄金の林檎の樹 実 花と果実は古代オリエントと古代ギリシア・ローマの母なる女神の典型的象徴(ペルセポネの柘榴の実、白雪姫の林檎)キリスト自身、天が大地を通じて生み出した最も美しい果実 林檎のアンビヴァレントな性格、キリスト=世界救済の林檎の実(ミラノ司教アンブロシウス)、林檎=悪(ラテン語では共にmalum) 中世美術:林檎のみの代わりに髑髏をつけた堕罪の樹樹
四季の変化とリズムを共にし、実を実らせる樹=命を啓示する存在の一つ 天と地を結合する宇宙樹のイメージ 犠牲・神託は樹陰で行われ、樹は聖所の地位を獲得さらに神の一象徴に シュメールの植物の神ドゥムジ エジプトの天の女神ハトホル ギリシア神話のへスぺリスたちの園の樹(神々に不死の命を与える黄金の林檎)エイペウス山中のゼウスの神託所ドドナにある聖なる樫の樹の葉の風にそよぐ音=ゼウスのお告げの声 エデンの園の生命の樹と善悪を知る木:二元的に分裂した一本の樹 新約聖書の実を結ぶ樹と実を結ばない樹 真の生命の樹=キリスト 堕罪のあと人間に対して阻まれたこと—生命の樹に近づくこと—は、十字架のキリストによって人間に許される*ザルツブルク大司教ミサ典書 ベルトルト・フルトマイアーの細密画: 生命の樹と認識の樹(死の樹)とを一本に合わせた樹→ ki_seimei.html
草と乾し草
野生の雑草、痩せ地にも生育する草はこの世の生の儚さ、移ろいやすさの象徴 「人の生涯は草のごとし」(詩編 103,15)「肉なるものはみな、草に等しい。華やかに栄えても、すべては野の花のようなもの。主の吐息が吹き付ければ、たちまちにして草は枯れ、花はしぼむ。…歯科いs、私たちの神の言葉は、とこしえに立つ」(イザヤ40,6‐8)草=この世の富の象徴、枯草=価値なきものの象徴*ヒエロニムス・ボス「乾し草の車」(16世紀)
The Hay Wain by Hieronymus Bosch
乾草車(1490年 - 1500年頃、プラド美術館蔵)
小麦と穂
「死して生まれよ」の法則:種まきと収穫 エレウシスの密儀の一本の穂(冥府から昇ってくる女神コレーを表すもの すべてのものが回帰する)エジプトではオシリスの象徴 ルダビデの祖先の母ルツ「あなたの腹は…小麦の山」(雅歌 7,3(2))→中世美術の「穂の衣をまとう生マリア」(15世紀の木版画)
→homugi_maria.html
イエスは小麦の粒を新たな生命の象徴として用いる ヴュルツブルクのクンラートはマリアを「小麦の束」と呼んだ(「黄金の鍛冶」)小麦の茎を敷きならべた幼子イエスの寝床は聖体を暗示(ヒューホ・ヴァン・デル・フース「ポルティナーレの祭壇画」など)
*(Hugo van der Goes, 1440頃 - 1482)ポルティナリの祭壇画 (The Portinari Altarpiece)ウフィツィ美術館(wikimedea)
柘榴の樹と実
赤い色 生命力の横溢の象徴 オリエントの植物神(バアルやアドニスなど)と地中海地方の豊饒の女神たち(アプロディテなど)の象徴的付属物 モーセがカナンの地に遣わした偵察隊は、貴重な果物として葡萄と柘榴と無花果を持ち帰った(民数 13,23)柘榴に関する旧約聖書のいろいろな箇所に依拠して、教父たちは柘榴の実にキリストの家(教会)の一象徴を見た 15‐16世紀の画家たちは、マリアの傍らにいる幼子イエスの手にしばしば柘榴のみを持たせている キリストによって新たに贈られる命を暗示する棗椰子
砂漠とオアシスの国で経済性価値上最も大きな意義を持つ植物
古代メソポタミアではナツメヤシは聖なる樹 アッシリアではナツメヤシの扇状に広がる樹幹の上方に翼をつけた円盤状の日輪の形で太陽神を描いたものが見られる エジプトではナツメヤシの掌状の葉をつけた枝は、長寿の、いや永遠の生の象徴となり、それゆえ葬儀の下用レルの際にはこれを携えミラノ胸の上に置いた
ローマのコインに刻まれたナツメヤシはパレスチナの地ユダヤの象徴である ソロモン神殿の至聖所の壁と両開きの扉のケルビムの浮彫の間に、浮彫でナツメヤシが描かれる(ヤハウェの栄光を示すため)気高く崇高なものの比喩
7,8世紀以来「枝の主日」*で人々は祝別されたナツメヤシの枝(代用は西洋ヒイラギ、ツゲ、杜松の枝)に魔除け、厄除けを期待した 殉教者の象徴的付属物
*Domenica in Palmis 復活祭直前の日曜日
Martin Schongauer (1450年ごろ)
別種の樹の間にナツメヤシの木が一本立っている=キリストの十字架を象徴している
*柱
柱、支柱、樹の幹は、象徴的価値の点では交換可能なもの ドイツの古代ザクセン族の民族の象徴であった聖なる樹柱イルミンズール(宇宙柱) 古代ギリシアではヘラクレスの柱が天を支える エジプトの四角柱オベリスクは太陽神の座所とみなされていたが新王国以後は二柱ずつで対て建てられ、太陽―月象徴に拡大された(昼と夜とすなわち全宇宙を) シュメール:天の門の入り口に生える二本の樹の写しとして、神殿の入り口に二本のナツメヤシを植えるかあるいは二本の柱を立てるかしたソロモンが支えるものとしてでなく独立の柱として建てさせた二本の青銅の柱
「ヤキン」Jachin:彼(ヤハウェ)は固く据える
「ボアズ」Boaz:彼には力が宿る →不撓不屈と強靭さの象徴
支える機能のない柱→記念碑 信仰を支える柱
象徴を好んだ中世は教会の支柱に史ととその後継者たちを見た 入口と内陣の間の身廊の十二本の柱に念を入れて十二使途の立像を取り付けている例が嫌というほどみられる
ソロモン神殿の復元模型部分(アムステルダム博物館)ヤキンとボアズの二本の柱。百合の花の形をした球状の柱頭→https://www.karakusamon.com/2015k/Boaz_and_Jachin.html
「ユダヤ教の経典タルムードはソロモン神殿の前の二本の柱を太陽と月であると解釈している」(p289)
花
春の使者 来たるべき結実への希望 人間と同じく光と生命に対して神秘的な類縁関係を有す 同様の地上的法則すなわち衰亡の法則の支配下にある 単なる賞美の喜びの表現以上のものがある 神殿、神々の像、生贄の獣、墓は、花で飾られた インドの神話によればブラフマーは蓮の花の中から生まれた 古代エジプト人の宇宙創造の観念に従えば、世界は太陽神が蓮の花の中から生まれ出たことによって生じた エジプトの「花束」をあらわす語は「生命」と同じ音を持つ 聖書や象徴言語では花は地上的、現世的な一切のものの移ろいやすさ、朽ちやすさを暗示する 人は「野の花のように咲く。風がその上に吹けば、消え失せ、生えていた所を知るものももはやない」(詩編103,15-16) しかし花はその最も美しい代表者を通じて自然美を超えた栄光を指し示す場合もある ダンテは『神曲・天国篇』の中で、きゅさいさr多人の大軍を一輪の巨大な薔薇の形で描写している 聖書では個々の花の種類の個別的な象徴的意義にはほとんど言及していないのに対して、中世の詩人たちと画家たちは花の全種類を救済しに関係づけた すでにアンブロシウスは証聖者の菫、殉教者の薔薇ということを言っている そののちこの二つの花は、菫は謙譲のしるしとして、薔薇はその本来の特性に従って花の女王として、聖母マリアの象徴となった*?https://en.wikipedia.org/wiki/Manly_P._Hall:Flowers, Plants, Fruits, and Trees? ?
百合
昔の諸民族にとっては、百合はその白い色のゆえに、清浄・純潔と神的な光の象徴の一つをなしていた 古代メソポタミアでは、月の神は「百合神」という名で呼ばれ、エラムの王都スサ(Susa)箱の花の名にちなんでえ名付けられた。 クレタ島では、百合の笏が女王と女神の象徴的付属物であった オリュンポスのゼウス神が百合で飾られていたのも、決して偶然ではない ギリシアの信仰によれば死者は百合の姿をとることもある聖書では百合は、選ばれてあることの一象徴である (雅歌2)花婿によって選ばれた花嫁を「茨の中に咲いた百合」とよび、花婿自身はみずからを「シャロンの野の花、谷間の百合」と呼ぶ
ラヴェンナとローマのモザイクに描かれた天の野は百合の宝庫 マリアの処女懐胎を示すしるしとして受胎告知の天使はしばしば一本の百合の花を持った姿であらわされる 百合笏(天使並び大天使の象徴的付属物) 百合が世界審判者の口から生え出ている場合は、神の恩寵と選びの象徴
受胎告知 1333 ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
S・マルティー二「受胎告知」(14世紀) オリーブの枝を手に受胎を告知する有翼の大天使ガブリエルとマリア。その間に純潔の象徴としての百合。その上方には、セラフィムのような外見の天使たちに囲まれて精霊の鳩が見える
レバノン杉
高くまっすぐに伸びた姿と芳しい香り 特別な崇敬の念 虫食いに強い 運命の主エンリルの聖なる樹木(ギルガメシュ叙事詩) 神タンムズは一本のレバノン杉の下で生まれた 死体に触れた後の清め水の調合に一役→アンビヴァレントな両義性 キリストの不朽不滅の肉の位置先駆的範例 ソロモン神殿の壁に一面に貼られる マリアはキリストを包むレバノン杉若枝と枝
象徴世界の「部分が全体を表す法則」(pars pro toto) 緑の葉をつけた枝が幸福と健康をもたらす 生命の枝で体を打つ→子宝に恵まれる 古メソポタミアでは、ナツメヤシの枝と棗の花とを挿した花瓶上の台架が祭壇の役目 王笏はもともとは生命の樹の様式化された枝 ヘブライ語ネゼル(nezer)がナザレNazaretに響きが似ている 古代ローマのカタコンベの壁画に、鳩の嘴に咥えられたオリーブのモチーフがしばしばみられる これは死の苦しみからの魂の救いの象徴 「エッサイの若枝」=マリアの象徴 ラテン語のウィルガ(virga=枝・若枝)とウィルゴー(virgo=処女)との音の類似も関連
眠る老人からは生え伸びるエッサイの樹もしくは若枝 木の梢、もしくは枝の先端にはイエスの先祖たち、中央にhは鳩のとまるオリーブの枝を手に持つ聖母と幼子イエス 右下にはアダムとエバ
ベルンハルト・フォン・ローアvon Rohrのミサ典書のベルトルト・フルトマイアーの細密画(15世紀)
エッサイの樹は、シャルトルのステンドグラスが有名だが、この細密画は唐草、ピープルドスクロールですね
後ほど、少し見てみます
ルルカーの「聖書象徴事典」の植物の項は以上でほぼ終わるが、植物名が出てくる神名の方をみます。
植物が出てくる神名
アドニスAdonis
もとフェニキア・シリアの農業神
死と復活の神 ギリシア神話では、ミルラの樹と化した母親から生まれた美少年で、アフロディテに愛される。狩猟の最中にイノシシにつかれて死んだとき、その血からはアネモネが、アプロディテの涙からは薔薇が咲き出た 一年の半分をこの世で、半分を陰府で過ごす
シュメールの地下の真水の海の支配者 豊饒をもたらす泉の支配者。知恵と呪術の神、神話では植物と人間の創造主 →アッカドのエアに照応
ギリシア神話の月の神動植物の繁殖と生殖に大きな影響を持つ
古代メソポタミア(バビロニア・アッカド)の植物と農耕の神。タムムズとイシュタルと原型はシュメールにあり、シュメール語ではドゥムジ (Dumuzi) 陰府下りと陰府からの帰還は植物の死と再生の象徴。
バッコスに同じ。ギリシアの葡萄栽培と酒の神。トラキア・マケドニアからギリシアに輸入された紙。小アジアでも豊饒神 オルペウスの密儀と結びついて陰府とも関係を有する
デュオニソス・バッカス神話
ギリシアの穀物及び大地の生産物の女神、ローマではケレスと同一視される。その娘はコレー(ペルセポネ) 崇拝の中心地はアッティカのエレウシス
「聖書象徴事典」の動物象徴の方では、獅子、蛇、鷲・・だが、子羊や豚が気になる。以下、続く・・
その前にマンフレート・ルルカーの別の著書の目次読書「樹木のイメージ」はこちらへ
また、【聖書と神話の象徴図鑑】(2011ナツメ社刊)の、目次読書ページはこちらへ