唐草図鑑
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中国の神話・伝説

me『中国の神話伝説』
(袁 珂著, 鈴木 博 訳– 青土社1993/4/1刊)

『中国の神話伝説』

『中国の神話伝説』目次 |まえがき
序論篇| | 開闢篇| 黄炎篇| 尭舜篇| 羿禹篇| 夏殷篇| 周秦篇|
中国年表と漢籍索引


第七章

少昊の誕生神話
興味深い鳥の王国
大海に放棄された琴しつ
少昊と蓐収じょくしゅう
罰せられた虢の醜
少昊の後裔
「窮奇大儺たいだ疫を遂い、窮奇 を食う」
虢 =虎の爪痕

me女媧の後の大神は太陽神の黄帝だが、黄帝については黄炎篇につづくということで、ここでは、黄帝の曾孫の天帝、顓頊を見る前の、顓頊の叔父の少昊の神話を見る、とある。(顓頊は次の章で見る)。

顓頊は 神の系譜では黄帝の曽孫とされており、 まず北方の天帝となり、のちに中央の天帝になった。
顓頊の神話について検討する前に 東方に鳥の王国をうちたて、 のちに西方の天帝になった叔父の少昊の神話を検討しておく必要がある。
西方の天帝である少昊の誕生は 尋常ではなかった。
開闢篇、第七章(p157)

母親の皇娥こうがは、もともと天上の仙女で、 天宮に住んで布を織るのに精出し、深夜まで織ることも多かった。
あるとき、仕事に疲れ、木の夜に乗って銀河に遊びに行き、 どんどんさかのぼっていき、西海のほとりの窮桑の下に たどり着いた。

me皇娥―Baidu百科事典に「歴史小説」として、ロマンス物語がありました。一種の七夕姫?織姫です。


窮桑とは、高さ一万丈の桑の大木で、 葉が楓のように赤く、実も非常に大きく、紫水品のように 光り輝き、一万年に一つしか実らず、食べると天地の寿 命より長生きすることができるといわれている。

me「神木窮桑」⇒あとで十個の太陽の話が出てくるので、扶桑樹であるか・・ と思うが
しかし、扶桑(ふそう、扶木・扶桑木・扶桑樹とも)は、中国伝説で東方の果てにあるとされる巨木で
この「西海のほとりの窮桑」とは違うのかどうか・・
扶桑―zh.wikipedia
架空の植物一覧―(wikipedia) に、
【中国神話】1万年に一度長寿の効果のある果実をつける
という一行があり、実が特記されている。
この少昊の神話以外に出てくるのか、不明・・


皇娥は この木の周りをまわるのがいちばん気に入っていた。そ のころ、俗塵を離れた顔つきをしている若者がおり、白 帝の子だと名のっていたが、実は、朝早く東方の天上に 輝く明の明星であり、金星ともいった。

金星で、ビーナスではなく、男神・・www

天空から水辺に 下りてきて、琴を痛いて歌をうたい、皇娥と冗談を言い 合い、ふざけ合ったりしていた。だんだん心が通じ合い、 愛情が挙ばく、遊びほうけて家に帰るのを忘れてしまっ た。若者が皇娥の筏に跳び乗って漕ぎながら、二人は月 光におおわれた海上を遊びまわった。
木犀の枝で帆柱を 造り、帆柱に香ばしい蘭を結び付けて幟とし、帆柱の頂点に 玉鳩を彫って風向を見継めた。
というのは、鳩は四季の風向を知ることができたからである。
後世の帆柱や屋根の「相風鳥」(風見鶏)は玉鳩の名残だと言われている。

me「鳩は四季の風向を知ることができた」というのは・・・・??
今のところ、風見鶏の起源の話は、日本のwikipedia、また中国版でも詳しくなく、西洋起源のように書いてあるようですが、英語版Weather vaneには、「3世紀になると、中国の風見鶏は鳥の形になり、「相風烏」と呼ばれるようになりました。」とあり。(vaneは、古英語の旗に由来するという)
それ以前は「五兩ごりょう」=古代中国で使用されていた測風器(鳥の羽などで風向きや風の強さを測る観測器具の名称)

 

Coat of arms of Kirchdorf in Tirol
なぜ伝統的に雄鶏のデザインなのかということだが、漢典辞典では、これは鶏の羽を高い棒の先端に取り付けて作られた古代の風速測定器であると説明 されている・( Baidu百科事典
・・なお、キリスト教会のは、キリストが鶏が鳴く前にペテロが3回自分を否認すると予言したことに由来、9世紀、教皇ニコラウス1世は、すべてのキリスト教教会の鐘楼に雄鶏の形をした風見鶏を設置するという伝統を始めた、という。
Banderuola(イタリア版wikipedia)・・Girouette(フランス版wikipedia)
なお、鶏に関連して面白い記事を発見(スミソニアンmagazin) "How the Chicken Conquered the World". Smithsonian.


meそれとちょっとずれるが、 ブレーメンの音楽隊を思い出しました。 鶏は一番上www
Bremen.band.500pix


その後、皇娥が子どもを生んだ・少昊といったが、窮桑 氏ともいい、二人の愛の結晶にほかならない。

me通常は「黄帝の息子」とされるが・・


この子 どもは成人したのち、東方の海上に赴いて国をうちたてた。
その国はお そらく、帰墟(五神山の所在地)にあったであろう。


me 「帰墟」というのは、中国ドラマの神仙譚でお見かけする地名)だが・・開闢篇最終章で、検討とのこと。


少昊のうちたてた国は、他の国とは違っている。
その 臣僚百官はことごとくさまざまな鳥であり、島の王国と いうことができよう。
それらの役人のうち、 燕子、伯老 、䳛雀あんじゃく、錦鶏がそれぞれ一年の四季を管理し、 鳳凰がすべての役人を管理している。
また、五種の鳥が国の政治を分担している。

燕子=中国語でツバメ(燕)
伯老・・おじさん?⇒中国語で「伯老ぼうろうは モズ(百舌鳥)
䳛雀あんじゃく中国語で一般的に「スズメ(雀)」を意味する漢字または表記ゆれの一つ 雀=主に小さい鳥一般
錦鶏=キンケイ 中国固有の鳥 で、雄は金色や赤などの非常に鮮やかな羽を持つキジ科の美しい鳥


鵓鴣ぼっこは、雲って雨が繰りそうになると 妻を巣から追い出し、雨があかって晴れると呼び戻して いたので、妻を管理できるからには 父母に孝道を尽くすこともできるであろうとみなされ、教育の管理をまか せられている。

鵓鴣ぼっこ」は、主にキジバトやジュズカケバトといったハト科の鳥を指す古語・漢語

鷲鳥は、猛だけしい顔だちで、性格も慓 悍であったので、兵権の管理をまかせられている。

ワシタカは学術的には同じ「タカ目タカ科」に属する鳥。明確な生物学的分類の違いはなく、一般的に体が大きく力強いものを「ワシ」、比較的小型〜中型のものを「タカ」と呼んで区別している←


布谷鳥は、桑の木の上で七羽の雛を育て、毎日餌を与えていたが 、朝は上から下へ、夕方は下から上へ与え、平等なろ、み 考え方をしていたので、建築と造営をまかせたとこ んなが不平等な分配のために不満を感じないよう、みん なに家を建て、水路を切り開いた。

布谷鳥=カッコウ

鷹鳥も、威厳に満ち、 勇猛で、公正無私であったので、法律と刑罰の管理を任せられている。

斑鳩は、山雀のような形の小鳥で、 朝から晩までチーチーさえずり、活発であったので、修 繕など細かな仕事をまかせられている。

斑鳩=イカル(鵤)

また、五種類のがいて、それぞれ木工、金工、陶工、皮工、染工の五 つの工芸を管理している。

また、九種類の扈鳥こちょうがいて、  播種と収穫を管理している。

扈鳥こちょう=ウグイス

--この鳥の王国では、朝 で会議を開いて国事について協議するときにこそ、興 味津々たるものがある。色とりどりで華やかな毛が乱舞 し、さまざまな鳴き声が一斉に鳴り響く。

百鳥の王であ る少臭は朝堂の中央に坐っているが、その姿はその姿はまだ明ら かにされておらず、古書にも明確な記述がない。
その 「」という名から推定すると、おそらく鷹や隼のたぐ いのであろう。
それゆえ、その族類を率いて東方にこの鳥の王国をうちたてたのである。
古書には少昊が「鳥 て官をしるす」とあるが、それらの官はいずれも人間 のような言い方をしているにすぎず、あまり信用することはできない。(p139)

me それは以下のような歴史記述という感じのものであろうか。
『左伝』趙公十七年、潭子が邵浩の言葉を語ると記されている。「私の祖先鋒邵浩治が即位した時、鳳凰が現れたので、鳥たちでそれを記録した。彼は鳥の達人となり、鳥たちにその名をつけた。鳳凰鳥族は暦の役人であった。黒鳥族は日の区分を担当した。白昭族は日の到来を担当した。青鳥族は日の始まりを担当した。紅鳥族は日の終わりを担当した。珠九族は教育を担当した。条九族は軍事を担当した。石九族は政治を担当した。双九族は朝廷を担当した。古九族は政務を担当した。五羽の鳩は民を治める者であった。五羽の雉は五人の職人であり、有用な道具を整備し、度量衡を標準化し、民衆を統制する。九人の胡とは、民衆が放蕩に陥らないようにする責任を負った九人の農業官僚のことである」(zh.wikipedia.org A

邵浩

少昊が東方の鳥の王国で国王になったとき、その甥、 つまり、次章で検討する、のちに北方の天帝になり、中 央の天帝にもなった顧頃が少昊に会いにやって来ると、国事の処理に手をかした。
この少年は、才能は あったけれども、まだ若かったので、気晴らしと遊びが必 要であった。叔父である少昊は、特に甥のために琴と瑟 を作った
その後、甥は大人になると自分の国に帰って しまい、琴と瑟が不用になったので、少昊は東海のかな たの大きな谷に捨てた。
奇妙なことに、月が煌々と照り 波が静かな夜になると、その大きな谷の底から琴と瑟の 悠揚迫らぬ快い音色が聞こえてきて、かなりの年数がた ってからも、船に乗って海を渡る人が波間でその神秘的 な音楽を耳にすることもあった。

東方に国をうちたててから何年後のことかわからない が、少昊は西方の故郷に帰った。
そのとき、ちょうという人 面鳥身の子どもを残し、東方の天帝である伏義の属神の  木神の句芒こうぼうとし、
該というもう一人の子どもを連れ帰り、  自分の属神である金神の蓐収じよくしゅうとし、 自らは西方の天帝 となり、西方の一万二千里を支配した。

me 伏義の属神、人面鳥身の句芒こうぼうと自分(少昊)の属神、蓐収じよくしゅう・・

伏羲の補佐人面鳥身の句芒こうぼう
Goumang
句芒こうぼう
Goumang from the Sengaikyōzon (山海経存, Shan Hai Jing)
海外西經-蓐收
(wikipedia)
二頭の龍に乗る蓐收。山海経より
「人の顔、虎の爪、白い毛を持ち、鉞を携える。左耳には蛇がおり、二頭の龍に乗るとされる」
Weblio 辞書

p141 蓐収じよくしゅう

しかし、少昊父子は実はかなりのんびりした性格である。
少昊は、長留山に住み、主に西天に沈んでいく太陽 を観察し、東に反射する太陽の輝きが正常であるかどう かを調べているし、蓐収は長留山の近くの泑山ゆうざんに住み、父親と同じことをしている。

AI による概要
長留山ちょうりゅうざん)」は、古代中国の地理書『山海経』に記された伝説の山であり、大ヒットファンタジー中国ドラマ『花千骨(はなせんこつ)』に登場する仙人の修行の舞台として広く知られています。
『山海経』の西山経において、長留山は中原の西に位置し、白帝・少昊(しょうこう)が治める仙境として描かれています。
またドラマ『花千骨』では、主人公たちが修行を積む仙界の最高峰として登場し、劇中で重要な局面を迎える「絶情殿」などの舞台となりました。

太陽が西に沈むと、天空が 広大な円になり、夕焼けで中空が赤く染まるので、少昊を 員神、蓐収を紅光ともいった。
その名まえからだけで も、荘厳で美しい「落日」の光景を想像することができる。

しかも、大地の西のはて、西海のはてにある、少昊の 母親とその愛人が戯れたことのある桑の大木の頂きには、 蓮の花のように赤くて鮮やかな十個の太陽が一列に並ん ていて 交代で出ていっては戻って休むが、その煌々と 輝く光が大地を照らしているといわれている。―なんと魅惑的な光景であろう。
落日とその反射を観察している少昊と蓐収は、きっと毎日その絶景をみることができ るのである、

蓐収は、上述したことのほかに、天上の刑罰をつかさ どっていた。
春秋時代(前七七〇―前四七五)にかくとい う小国があり、その国王は名を醜といったが、ある夜、 奇妙な夢をみた。宗朝の西側の階段に威風凛々とした神 人が立っていたが、顔は人間で、虎のような爪を伸ばし、 白い毛が全身をおおい、手に大斧を持っていたので、醜が肝をつぶし、 ふりかえって逃げ出すと、神人が叫んだ。
「逃げるな。晋の軍隊をそなたの都に入れろという天帝 の御命令だ」。醜は口もきけないほど恐ろしくなり、あ わてて三拝九拝するしかなかった。そこで目がさめ、実に 奇妙な夢だと思い、さっそく太史のぎんを呼び寄せ、そ の夢の吉凶を説明させた。

太史の囂はちょっと考えてから口を開いた。「おっし やった神の姿から考えると、蓐収にまちがいありません。
蓐収は天上の刑罰の神であり、蓐収を夢でご覧になられ たからには、用心しなければなりません。国君の吉凶禍 福は、いずれも政治をどのようにやられるかによって定 まるのです」。
醜の政治のやり方はでたらめ極まるもの で、囂が縁起のいいはなしをするのをひたすら期待して いたので、この直言を聞くや、非常に気分を害し、 て囂を投獄したうえ、臣僚百官にその奇妙な夢を祝わせ た。愚かな醜は、そうすれば禍いを福に転じることができると思い込んでいたのである。 (開闢篇·第七章 p141)

虢の大夫の舟之僑は、国王のこのような愚かさを目に して感嘆に耐えず、一族の人びとに言った。
「多くの人 が虢は遠からず亡びると言うのを以前から耳にしていた が、いまやっとそれが正しいことがわかった。われわれ の国王はなんとぼんくらなことか。奇妙な夢をみても、 ぜそんな夢をみるのかよく考えて警戒するどこ 人びとに祝わせている――つまり、大国が自国を侵略す るのを祝っているのだ。そうして太平の世であるか うにみせかければ、禍いをなくすことができると考えて いる。なんと愚かしい行為であろう。 坐して国の亡びる のを待ちたくはない。この機に遠くへ行ったほうがいい」。
こうして、英明な舟之僑は一族を率いて晋に移っ た。

AI による概要
春秋時代における「かく」は、周王室と同族(姫姓)の有力な諸侯国ですが、時期や地域によって「東虢」「西虢」「南虢」「北虢」「小虢」の5つに分かれて存在していました。中でも春秋初期に重要な役割を果たしたのが、強国・晋に隣接していた南虢(または西虢)です。
虢の手前にある小国「


六年後(前六五五)、晋の献公(在位前六七七―前六 五一)は虞を通って虢に攻め入り、虢を亡ぼし、ついで 虞をも亡ぼした。

meこのあたりの話、長いですね。 実際の歴史まじり・・
献公 (晋)(wikipedia)‥  中国春秋時代の晋の君主(太子として、父の武公の晋再統一戦で活躍)
献公のあたりの話が長かったが、日本の歴史小説では、献公の息子の話が人気があるようだ。献公の寵姫である驪姫が自らの息子の奚斉を跡継ぎにしようと陰謀を巡らす(驪姫の乱)というが、そのあたり、中国ドラマのお馴染みのストーリーっですね。
文公 (晋)(wikipedia)

刑罰の神としての蓐収は、この虢の滅亡の話のな かで、天帝による虢の国君に対する懲罰を公平無私に執 行しており、少昊の有名な子どもにふさわしい。
兄である句芒――木神で生命の神を兼ねる――の仕事とは相反 するが、協力し合っているのである。

me両方、二匹の龍に乗るのが共通であった。

少昊の子孫や後裔にも、有名な人物がいる。たとえば、 はん という子どもは弓と矢を発明したし、
倍伐ばいばつという子ど は南方の季釐きりの国の緡淵こんえんに流され、同地の主神 になった。
北方の海のはてに「一目国」という国があり、そ の国の人は顔の中央に目が一つしかないが、少昊の後裔 であるといわれている。
そのほかにも、堯の時代に国政 を補佐した皋陶こうよう
禹の時代に治水に手をかした伯益、
汾 水の水神である台駘だいたいも少昊の後裔といわれている。

AIによると 伝説や古代の系譜によると、少昊の主な子孫とそこから派生した氏は以下の通りです。
揮(き): 少昊の第五子で、初めて弓矢を発明したとされ、張氏の始祖と伝わります。
般(はん): 少昊の息子で、彼も弓矢の起源に関わったとされ、尹氏などのルーツとされています。
皋陶(こうよう)・伯益(はくえき): 古代の聖人である彼らも少昊の末裔とされ、後の 趙、秦、江、黄 などの姓氏のルーツとなりました。その他: 少昊の末裔の集団(嬴姓など)からは、徐、趙、秦、譚、黄 などの多くの姓氏が分化していったとされています。

俗に「十本の指に長短あり」というように、少昊の後 裔には不肖の者もいる。
たとえば、窮奇は少朵の不肖の 後裔として名高い。
虎のような猛獣で、腋の下に羽根がはえていて、天空を飛ぶことができるといわれている。
人間のことばがわかり、いつも天空から舞い下りて 人間を捕まえて食べるが、その食べ方が変わっていて、 間がけんかをしているのを見かけると、正直で理 るほうを食べ、誠実でまじめな人がいるとその鼻を食べ、 さまざまな悪事をなす者がいると野獣を捕まえて贈ると いう。つまり、きわめて理を説くのがむずかしい怪物な のである。

しかし、ある古書によれば、この窮奇もそれほどの悪 物ではない。むかし、人びとは臘日―十二月八日―の前日にかならず宮廷で 「大儺たいが」という盛大な儀式を行 って、妖怪を追い払った。
その儀式は、まず宦官の家族 から十歳から十二歳までの子どもを百二十人選んで 「侲子しんし 」とし、赤い頭巾をかぶせ、黒い紗の上着を着せ、振 り太鼓を持たせ、それを鳴らしながら方相氏ほうしようしのあとを 追わせるのである。

侲=童(わらべ)

その方相氏は人が勇猛な鬼王に扮す るもので、大きな仮面をかぶり、金箔できらきらと輝く 四つの目を象り、背に熊の皮をかぶせ、黒い上着と赤い スカートを身に着け、右手に戈、左手に盾を持ち、行列 の先頭を進む。
毛や角で奇妙な形の野獣に扮した十二人 がそのあとに従うが、その十二種類の野獣のなかに、窮 奇がはいっており、騰根という野獣といっしょに人間に 害を及ぼす「」を食べるのである。
いわゆる蠱は、大半が猛毒を有しており、蜥蜴とかげ馬蝗ひる蜣螂くそむし、金蚕⋯⋯な ど、種類が非常に多く、もっぱら人間に害を及ぼすため につくられた悪者といわれている。また、さまざまな虫 を箱に入れて食い合いをさせ、最後に生き残る一匹が人 間に書を及ぼす蠱であるという。
窮奇と騰根の役目は、 人間に害を及ぼす悪者を共同で亡ぼすことなのである。

窮奇きゅうき
Shan Hai Jing Qiongji
wikipedia)
「西山経」四の巻では、ハリネズミの毛が生えた牛
『山海経』にならって書かれた前漢初期の『神異経』では、前述の「海内北経」と同様に有翼のトラで、現在ではこちらの姿の方が一般的となっている。

AI による概要 ; 窮奇は、中国の古代神話や地理書『山海経』に登場する伝説の怪物です。天下を乱した「四凶しきょう」の一角として知られ、一般的には翼の生えた虎の姿で描かれることが多く、善人を害し悪人に味方する邪悪な存在とされています。

me Baidu百科事典騰根とうこんは、古代中国の伝説に登場する「悪と邪悪を追い払う」十二神の一柱である。疫病を祓う儀式によく用いられる。その名は瓊奇と並んで語られることが多い。病気を引き起こす毒性の蠱を貪り食うのがその役割である。漢代の『後漢書』に記された諾の儀式で初めて記録された。
主な機能は「蠱を食べる」こと
※そちらでは「神」になっていますが、袁 珂用語啊はあくまで「野獣」

少昊の不肖の子である窮奇も完全な悪者ではなく人間に有益なこともしていたことがわかる。 (開闢篇·第七章 p143)

meここに、鬼やらいの方相氏が出てきたので驚いた。
方相氏―zh.wikipedia「 頭に4つの金色の目があり、黒いローブと赤いスカートを身に着け、盾と戟を手に持っている。」
以上この章、引用が長かったが、少昊については、全く初見で、手探りで、続く~「中國傳說時代君主」


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