『木と草花 』
岩波美術館 テーマ館 第9室
柳 宗玄, 前川 誠郎, 高階秀爾編集
”木と草花”
図版は24あるが、その中で特に見たいのは以下、、
3.《楽園の風景》(イタリア)
5.《囲いの中の一角獣》(フランス)
6.《樹神ヌートと死者夫妻》(エジプト)
7.《船の上のディオオニュソス》エクセキアス
8.《ぶどう狩り》(イタリア)
9.《楽園からの追放》(ヴェローナ)
11.《イェッセの樹》(シャルトル
12.《生命の樹としての十字架》(ローマ)
※著者については、こちらの前ページに。
新装版のこの一冊への解説(柳 宗玄)
人間は、自分たちやすべての生き物が植物なくしては生きられないのだということをよく理解してきた。その気持ちが、当然美術作品に表現された。(柳宗玄)
以下、初めに興味惹かれた第3図以下、解説に従って、5,11,12,6,10、7,8,9,13,14,21図をみて、最後に24図のモンドリアンまで見ます。
(実線内は巻末の解説からの引用だが、
点線内は各作品解説からの引用。)
楽園の風景
(1170年頃)
第3図 《楽園の風景》
1170年頃制作、モザイク
パレルモ、王宮、カメラ・ディ・ルッジェーロ
Palazzo dei Normanni (Palermo)
ノルマン王宮ルッジェーロ王の間
カメラ・ディ・ルッジェーロ:Ruggero(フランス名はロジェールRoger)、イタリア語のカメラ=寝室
シチリアの都パレルモにあるノルマン王朝代の王宮の一室を飾るもの。
金色一色の空間に、果実を実らせた樹木が生え並んでいる。やしとざくろ。紀元前はるか昔から「生命の樹」として貴ばれたもの。
上段のやしの木の左右にいるのは半神半馬の怪物ケンタウロス。ロマネスク時代の彫刻にしきりに登場する。キリストや善人を襲う悪魔と解されている。楽園の被造物の仲間にもよく加わっている。
ひょうは、中世の神学やは、吐く息が芳香を放つので、他の動物を引き寄せるが竜だけがこれを嫌う、と説明しており、キリストの象徴(龍は悪魔)となった。楽園の場面では、単に神の美しい創造物ということだろう。
この時代の美術で今日残っているものの大部分はキリスト教に直接関係のあるもので、このような楽園の表現は例の少ないものである。
構図下左右にはくじゃくがいる。
《楽園の風景》(全図)
Fondazione Federico II - Palermo
この、生命の樹を囲む豹、椰子の樹を囲むケンタウロスの画像を検索したが見当たらない。(20210720現在)
公式サイトのロゴも、上のように、椰子の樹を囲む一対の獅子擬きであった。
http://le50enlignebis.free.fr/
http://isekineko.jp/italy-palermo.html
一角獣のタペストーといったらといったら、パリのクリュニー美術館(✳photo byM)だろうが、こちらは、NY.にある・・
第5図
《囲いの中の一角獣》(フランス)
1500年頃制作、フランス(ロワール川流域)
綴れ織り壁掛け、高さ2. 389m
ニューヨーク、メトロポリタン美術館
The Unicorn in Captivity
原典 https://www.metmuseum.org/art/collection/search/467642
https://tommartdiary.com/unicorn_tapestries/
一角獣。純潔の象徴、聖母の象徴。聖母に抱かれたキリストの象徴。
一角獣の繋がれているざくろの樹。多産豊饒のしるし。聖なる母の象徴。
空間をいっぱいに埋め尽くしている千花は、15~16世紀のフランス(特に中部)で作られてタペストリーによく見られる、地平線はなく遠近感もないのがその特色。
以下巻末解説、纏め引用・・
植物と人間
一番大事な植物の恩恵は空気。
植物(巨大なシダ他)が大気中に含まれる炭素の四分の3を吸収して大気を浄化。植物、特にその集合体である森林は、生き物のために必要不可欠なささまざまな働きをしている。
人間文化発展は森林を犠牲にすることによって行われてきた。
植物は生き物の存在しうる基礎的な条件を作り、維持してきた。
樹木、特によく育った巨木や老樹を崇めない民族はいない。
第11図
1145~1155制作、絵ガラス窓、8.50×2.75マートル
フランス、シャルトル大聖堂
イェッセの体から樹が生え出て、ダヴィデが生まれ、更に子孫が次々に生まれて、最後にキリストに至るという家系を示す樹木。
最下段のイェッセの体から樹が生え伸び、その樹の幹をなすかのように、ユデアの王が四人上下に並び、真正面を向いて両手で枝を握っている。
その上に聖母。さらにその上に一段と大きく、キリスト。7派の鳩は「聖霊の七つの賜物」。
11世紀ごろに図像として創案された。
インドではヴィシュヌ神の臍から生え出た蓮から最高神ブラフマが誕生したとされる。
※「生命の樹 -中心のシンボリズム」
キリストの系譜 (エッサイの木)
生命の樹
地下と地表と天の三つの世界をつなぐ大きな役割。
二つの恩恵。繁茂した枝葉が生き物に陰を与え、食糧を供している。
樹木の持つ水分は貴重な生命のの水。
イランやインドの樹液信仰。ハマオもソーマも、炎暑の厳しい地帯に多種多様の発達を見た樹木崇拝の中心的位置にあった。
楽園の植物
仏教:「極楽」とは樹木や水が豊かにあり、美しい花が咲き乱れ、さまざまの鳥が遊ぶところ。
西方:エデンというのとはもともと荒れ地や砂漠を意味したらしく、そういうところにある園が「エデンの園」
「パラディソス」:ペルシア語「囲われたところ」
中国:「桃源郷」
日本:「高天原」・・楽園のイメージとしては弱い。もともと温暖の国で、樹木や水に恵まれすぎている。
ヨーロッパ:樹木はキリスト教美術でかなり重要。樹木信仰の伝統の強かったオリエントの影響
聖樹を主題として図像はビザンティン美術やロマネスク美術に多い。
ロマネスクやゴシイクの多くの聖堂は、建物の内外随所に植物が刻まれ、楽園のイメージを表わしている。
第12図《生命の樹としての十字架》
12世紀、モザイク
ローマ、サン・クレメンテ聖堂祭室
十字架はアカンサスから生え伸びた「生命の樹」
ぶどう唐草のようだが、ぶどうそのものでない。
鹿は神を慕う人の魂。平和な生活を楽しんでいる。
祭室を蔽う半円蓋の壁面いっぱいに「生命の樹」を表わす例はすでに4世紀にある。現存の例は、ローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ聖堂の付属洗礼堂脇のサンタ・ルフィーナ小聖堂に見られるもの(4世紀末)
サン・クレメンテのものは、4世紀の祭室を12世紀に改築したもの。
サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ聖堂の付属洗礼堂脇のサンタ・ルフィーナ Santa Rufina小聖堂不明・・聖十字架の礼拝堂?
(解説ページにある図像)
《ランス大聖堂》柱頭
France, Reims, cattedrale di Notre Dame, interno,
particolare con capitello della navata destra
樹木と神々
「生命の樹」土地によって種類さまざま
エジプト:シカモアイチジク
スカンディナヴィア:とねりこ
ガリア:かし
インド:アシュヴァッタ(インド菩提樹)やバンヤン樹
日本:榊
古代メキシコ:トウモロコシ
豊かに果実をつけたシコモルス(イチジクの樹の一種)の樹。その中に立つ人の脚がそのまま樹の幹になっている。
樹そのものが神であることを示す。
母なる大地の顕現。
トゥトモスィシ3世の墓では樹から乳房が出て人物に乳を含ませている。この場合は母神イシス。
木の眼に死者がひざまずき、女神がこれに飲食物を与えようとしているときは、女神はヌート。
このあたりは、エジプトの項目で見たが、
デル・エル・メディナのセンネジェムの墓に「聖樹の間」があり、
ヒエログリフと同じ形で木が描かれていること。
ルクソールの墓室壁画のナツメヤシ、レバノン杉も見たが
、その時、センネジェムの墓室では、聖樹はイチジク、
トトメス3世のはイシェド?(エジプトイチジクと違うアボカド?)かということを見ていた・・
第10図 《生命の樹としての十字架》(ローマ)
(解説ページにある図像)
《樹葉の生えた十字架》
(アテネ、ビザンティン美術館)
花の意味
『旧約聖書』の「楽園」や「生命の樹」の記述には花についての記述なし。
雅歌(2、11-13) 「さぁ、冬は過ぎ、雨は止んでもう去った。大地に花は膨らみ、山鳩のさえずりも地に聞こえる・・・・・・」
ヨブ記(14、1~2)「女から生まれた者は、、生きる日は少なく悩みは多い。花のように咲き出てはしぼみ、影のように消え去って止まることがない」
詩編(103,1-2)「人の日々は草のように過ぎ、その栄えは野の花のようである。風が吹けば忽ち消え失せ、その場所にはあとかたもない。」
イザヤ預言書(40、6-7)「肥沃な谷の頂にある凋みゆく花の美しい飾りはわざわいだ」
地上の栄華の空しさを花の美しさが代表している。
インド人は端的に花を賛美・・昼夜六度、天上から曼陀羅華(まんだらげ)の花の雨が降ってくる。
ここで、曼陀羅華=デイコの花とあるが、(魔訶曼陀羅華:まはまんだらげー大ディコの花)、コトバンクでは白蓮華。
西洋では花は華やかであるが故に空しいものとし、インドでははなやかであるがゆえにめでたいものとした。
日本人は、華やかでない花にまで細やかな愛情を注いだ。「万葉集」で一番繁く詠まれているのは萩、むしろ淋しさを感じさせる。地味な花。
植物の表現
礼拝の対象としての植物。釈迦の蓮華座やキリストの玉座のように壇や山の上に載せたりする。
第7図
《船の上のディオニュソス》エクセキアス
(紀元前6世紀後半活動)
紀元前530年ごろ制作、陶盃、ヴルチ、(イタリア中部)出土、径33㎝、ミュンヘン、古代遺品蒐集館
第8図 《ぶどう狩り》(イタリア)
以下は一応挙げる・・
第9図 《楽園からの追放》(ヴェローナ)
第13図 《コナーガマナ礼拝》インド
第14図《樹下説法図》 8世紀初頭、敦煌出土、
ロンドン、大英博物館:
この巻には、他にもう一つ中国のものがあった。
第17図の《蓮と水禽》である。
第21図 《かしの森の中の修道院》
(ベルリン、シャルロッテンブルグ城)
カスパール・ダヴィッド・フリードリッヒ
1809~1810年制作、布、油彩。110.4×171㎝
Caspar David Friedrich(1774-1840)(wikipedia)
ゴシック聖堂の廃墟(エルデナのシトー派修道院)
Alte Nationalgalerie
第22図 ゴッホの糸杉=「生命の樹」
1889年制作、布、油彩、95×73㎝
(NY,メトロポリタン美術館)
(wikipediaでは、93.3×74㎝)
Deutsch: Zypressen,
English: Cypresses
Vincent van Gogh (1853–1890)
Saint-Rémy-de-Provence
(wikipediaフィンセント・ファン・ゴッホの作品一覧)
この巻は表紙が日本人の絵(酒井抱一)だし、他に日本のものが3つあったが、割愛する。
最後はモンドリアンであった。垂直の線(上に伸びようとする力)は(男性的原理)、水平の線(横に広がろうとする力)は(女性的原理)・・とモンドリアンは書いているという。
第24図:モンドリアン「樹木」
94×69.8㎝
1912年制作
(ピッツバーグ、カーネギー研究所美術館)
Piet Mondrian(1872~1944年)オランダ出身の画家(wikipedia)
参考サイト◆ピエトモンドリアンの木の絵
(解説ページにある絵)
Piet Mondrian, 1908-10, Evening; Red Tree (Avond; De rode boom),
oil on canvas, 70 x 99 cm, Gemeentemuseum Den Haag
(ハーグ市立美術館)おそらくりんごの樹
1908頃に描いた《赤い樹》がこの連作の出発点
《赤い樹》以降は樹といえばこの裸のリンゴの樹だけを描くようになる。それも年ごとに抽象的、構成的になってゆく。
とにかく彼はこの樹において被造物の生命のたくましい営みを表現しようとしたに違いない。それはその働きの外観ではなく、内的な生命力の作り出す構成の探求へと向かった。最後には純構成的な《コンポジション》へとたどり着く。
モンドリアンの年譜をwikipediaで見て、目についた絵・・
Piet Mondrian, 1911, Gray Tree (De grijze boom),
oil on canvas, 79.7 x 109.1 cm, Gemeentemuseum Den Haag, Netherland
自然主義時代 1890 - 1907
表現主義時代 1907 - 1911
キュビスム時代 1911-1917
抽象期間1917-1944
[
極限まで幾何学化・単純化された海と埠頭や樹木の絵から、一切の事物の形態から離れた抽象絵画への移行]
Apple Tree, Pointillist Version
1908~1909年制作、
ダラス美術館蔵
Dallas Museum of Art
大変興味深い巻であった・・
次の”岩波美術館で(中世+古代)ヨーロッパの美術を見る”は・・→ 岩波美術館 (テーマ館 第10室建てものとまち]へ。