『中国の神話伝説』
(袁 珂著, 鈴木 博 訳– 青土社1993/4/1刊)
『中国の神話伝説』目次
|まえがき
| 序論篇|
| 開闢篇|
黄炎篇|
尭舜篇|
羿禹篇|
夏殷篇|
周秦篇|
|中国年表と漢籍 |
索引|
開閣篇·第八章後半を逐語で読みます。
(ここまでの前半はこちらkaibyaku8.htmlへ)
上帝になった
顓頊は、地上の人の苦痛をまったく気に
かけていなかったようである。というのは、いまのとこ
ろ史書に人のことを気にかけた事実が見出せないばかりか、むしろ「礼法」をきわめて重んじたという伝説があ
るからである。
顓頊
は、女性が路上で男性に出会ったら、
かならず道を譲らなければならず、もしそうしなかった
ら、十字路に連れていき、巫女に鐘と磬をたたいて祈ら
せ、悪の気のお願いをしなければならないという、男尊
女卑の法律を制定したといわれている。
運の悪いあわれ
な女性はこんなばかげたことをされると、以後は自然に
警戒心を高め、男性に出会うと鬼に出会ったかのように
逃げ去るので、法を制定した者は得意満面になり、この
ようにして女性を抑え付けるのは実にうまいやり方だと
思った。
また、当時 結婚して夫婦になった兄妹がいた
が、離理は非常に怒ってその乱倫敗徳の男女を
崆峒山の
山奥に追放した。
食べものがないので飢えと寒さに襲わ
れ、二人はしっかり抱き合いながら山奥の谷底で餓死す
るしかなかった。
その後、偶然、神鳥――海神と風神を
ねる禺彊であろう―が飛んできて、二人のあわれな
方を目にするや、不死の草をくわえて戻り、二人の
らだをおおった。七年後、二人はよみがえったが、か
だがくっついて、頭が二つ、手と足が四本ずつの怪人
なった。のちに、子どもを生んだが、子孫も同じような姿で、
それらの怪人は
「蒙双氏」という部族を形成した。(p148)
非常に秩序を重視し礼法を重んじるこの天帝は、あまり好感をもたれていないようである。
というのは、伝説
によれば、不肖の子どもが他の天帝よりもずばぬけて多
いからである。生まれてまもなく死んだ子どもが三人いるといわれている。
一人は、江水に住み、瘧鬼となっ
て瘧疾の病原菌をこの世にばらまいている。
人はその菌
に触れるや寒熱を書され、瘧疾にかかる。
一人は、若水に住んで魍魎になった。 ―その魍魎は、三歳の子ど
ものような姿で、目が赤く、耳が長く、からだは赤みが
かった黒で、頭はしっとりした黒髪でおおわれ、いつも
人の声をまねて人を迷わしている。
もう一人は、小児鬼のなり、人の家の片隅に身をひそめ、もっぱら人に
ものや病気をうつしたり、人の赤ん坊を脅かしたりしている。
この三つの鬼は、いずれも人に害を入にすもので
あり、前章で取り上げた方相氏に追い払われる疫鬼のた
ぐいでもある。
宮廷における鬼やらいはきわめて盛大に
行われたが、民間におけるそれも宮廷に劣るものではな
い。
農村の人びとも、十二月八日になると金剛力士に扮
して細腰鼓(胴の両端が大きく、中間がくびれている太
鼓)をたたき、鬼の面をかぶった大男に率いられ、病い
や、禍いをもたらず鬼怪を遠方に追い払う。
そのほかに、顓頊にはもう一人、檮杌というこのうえ
なく凶悪頑迷な子どもがいる。
傲狠、難訓ともいうが、
これらの名まえからもその人となりをうかがうことがで
きる。虎のような姿をしているが虎よりも大きく、二尺
もある毛に全身をおおわれ、顔は人、足は虎、口と歯は
豚に似ており、尾が一丈八尺もある猛獣で、凶暴な性格
をしており、荒野で好きかってに非道なことをしている
が、まったく制止のしようがないという。
檮は、きりかぶ(木を切ったあとに残る部分) / おろか / おろかなさまなどの意味を持つ漢字。
部首は木部(きへん)に属し漢字検定準1級。(漢字辞典オンライン)
杌は、枝がない木。 漢字検定配当外。
これら鬼のような子どものほかに、もう一人、名まえ
のわからない子どもがいた。からだがやせ細り、性格が
変わっていて、貴家の公子であるのに、いつもぼろをま
とい、粥や粗食ばかり食べていたが、正月の月末に裏町っそり死んでいった。
それで、人びとは正月の月末に
粥をつくり、ぼろをまとい、自分の住んでいるところで祀るが、それを「窮鬼を送る」という。
唐代の韓愈
(768-824)も「窮を送る文」の冒頭で「三たび
窮鬼を揖めて之に告ぐ」と記している。
窮鬼を送る風習
が古くからあったことがわかるし、人びとがこの鬼にあ
まり好感を抱いていないこともわかる。
送窮文 (韓愈)Wikisource®
唐韓愈在元和六年(811年)正月晦日所作的〈送窮文〉,是一篇寓莊於諧的名篇。文中記述他向「五窮鬼」(智窮、學窮、文窮、命窮、交窮)作揖告別,細數自身遭遇的貧困與精神困頓,展現出幽默又深刻的自我解嘲。(ユーモラスでありながらも深い、自分を笑い飛ばす態度を見せている)
「AI による概要
五窮鬼(ごきゅうき)とは、中国の民間伝承や旧正月の習俗において、貧困や不運をもたらすとされる5種類の不吉な神(窮神・窮鬼)のことです。旧正月の初五(正月五日)にこれらを追い払う「送窮(趕五窮)」という行事が行われます。
五窮鬼の内訳
伝統的な言い方では、人生の5つの枯渇や不遇を表す以下の5つを指します。
智窮:知恵や先見の明がなく、正しい判断ができないこと。
学窮:学問や知識が浅く、学ぶ心がないこと。
文窮:文章や表現、才能に恵まれないこと。
命窮:運命が悪く、不遇であること。
交窮:人間関係や交際がうまくいかず、孤立すること
人生の5つの枯渇や不遇・・神話の窮鬼には関係がないこじつけにみえますが。
また、姑獲鳥 という怪鳥もいて、天帝少女、夜行遊女ともよばれている。
つねに夜間に飛びまわり、日昼は身
をひそめており、毛を身に着けると飛鳥となり、毛を脱
ぐと人の女になる。
この怪鳥には子どもがおらず、いつ
も人の子どもをさらってきて自分の子どもにするが、ど
こかの子どもに目をつけると、首からしたたる血を子ど
もの服に垂らして目印とし、あとで方法を講じてさらっ
てくる。
頭が九つあるので九頭鳥ともいうが、鬼車、鬼
鳥ともいうといわれている。また、もともと頭が十個あ
ったが、のちに犬に一つかみ取られてしまったともいう。
その頭をかみ取られてしまった首からは、いつも血がし
たたり落ちている。
人びとはその血を浴びるのを恐れて、
夜、この鳥が飛んだり鳴いたりする音が聞こえただけで、
あわてて犬を叱ってほえさせ、明かりを消して、
てきるだけ早く
沢国に飛んでいかせる。
この九頭の怪鳥が「天帝少女」ともよばれて、 この「天帝」も顓頊でなければおかしいので、しばら 顓頊のところにあげておく。(p149)
逆に、窮蝉という、顓頊のもう一人の子どもは、人と
の関係がいいらしく、人の家の竈神になっている。
竈神
は、毎年、十二月の二十三日か二十四日に、天上に昇っ
て人びとの家の事情を報告することになっているので、人びとに天帝に悪い報告をされないよう その日に竈を
祭る。
餅餌(小麦粉などを焼いて作る菓子や食べもの一
物、鮮魚などを供えるだけでなく、膠牙糖という独特
の飴も供える。
この飴で竈神の牙(歯)を膠着させ、竈
神が天帝に報告するときに、ことばをはっきり発音でき
ないようにして、天帝も竈神もいいかげんにすますより
しかたないようにするのである。
『中国の神話伝説』(袁 珂著, 鈴木 博 訳)p151の竈神図であるが、あくまで人間っぽく、よくわからない。
竈神の被り物、は、閻魔大王とその従者っぽい・・
https://www.kyohaku.go.jp//enma/
こんな感じ
包青天(包拯 中国の水戸黄門様?)
これこそ、人が神に対
処する妙法にほかならない。
――竈神にされている、窮蟬という顧項の子どもはどのような姿をしているのであ
ろうか。
奇妙なところが少しもない。なんと、竈の上でよくみかける
蝉のような赤い虫で、
竈馬、蟑螂ともよばれ四川では「偸(盗〕油婆」といわれている。
『荘子』
「達生篇」に「竈に髻有り」とあるのは、このことをい
っているのである。
顓頊―(wikipedia)
子に窮蟬(舜の六世の祖)
五世の孫(『漢書』律暦志による。『史記』夏本紀では子)に鯀(禹の父)
帝位を嚳に譲る。
末裔に女脩、その孫に大費がおり、中国を統一した秦、戦国時代の趙はこの子孫と伝えられる。
また『史記』楚世家では、春秋戦国時代の楚の祖先は顓頊であるとする。
安徽大学蔵戦国竹簡によると老童も顓頊の子とする。
『荘子』「達生篇」
wikisource
斉の桓公が「幻の怪物の怪異」に怯えて病気になった際、賢人の皇子告敖(こうしこごう)が「世界にはいたる所に固有の精霊(お化け)がいる」と諭す場面で語られます。
命を全うし、人生の達人となるための「自然体」の極意を、名人たちの逸話を通して説く章
顓頊の後裔も、他の天帝の後裔と同じように繁栄を誇
っている。
たとえば、南方の荒野の季禺の国と顓頊国、西方の荒野の淑士国、北方の荒野の叔歜の国と中編国
⋯などは、いずれも顓頊の後裔がふえひろまって
た国である。
※「蜀欠」と書く漢字は「歜」(漢字倶楽部)
また、西方の荒野に三面一臂という部族がおり、顔は三つあるのに、手が一本しかなく、長生不 死であるが、この部族も顓頊の後裔である。
顓頊の後裔のなかで、非常に有名なのは
玄孫の彭祖である。
顓頊の曾孫の陸終がめとった鬼方氏の娘の女績は、
三年間みごもったまま、子どもが生まれてこないので、
やむをえず、刀で左右の腋の下を切り開いて子どもを三人人ずつ生んだ。
彭祖はそのうちの一人である。
姓を籛、
名を鏗といい、堯、舜の時代から周代(前十一世紀―前
二五六)初期まで八百年以上も長生きしたのに、死ぬときに短命であることを嘆いたといわれている。
籛
彭祖(wikipedia)
彭祖は、殷王朝時代に江蘇省の一部を統治した伝説的な人物で、 顓頊 の子孫とされている。
彭祖#画題辞典 立命館大学アート・リサーチセンター
なぜそんなに長生きできたのであろうか。
天帝の後裔であ
が理由の一つであることはいうまでもないが、天帝の後裔でもだれもが長生きできたわけではないのにに、彭祖が
ずばぬけて長生きできたのには特別の理由があったと思われる。
殷代(前二十一世紀―前十六世紀)末年には七百六十七歳になっていたが、まったく老けた顔つきをしていなかったという。
殷王がその長命をうらやましがり、ある宮女を輜輧(前後に屏障のある女性用の乗物)に乗
せて派遣し、延年益寿の秘訣をたずねさせると、こう答
えた。
「延年益寿の秘訣があることはいうまでもありませんが、
見聞があまりひろくないので、
わかりません。
わたし自身のことを言えば、生まれる前
に父が亡くなったので、母が育ててくれましたが、その
母もわたしが三歳になったときに亡くなりました。
」わた
しひとり取り残され、その後、犬戎の反乱に出会ったの
で、西域に逃れ、そこで百年余り過ごしました。若いと
きからいままでに、あわせて四十九人の妻と五十四人の
子どもに先だたれてしまい、少なからぬ苦悩を味
精神的に大きな影響を受けました。
そのうえ、小さいと
きはからだが弱く、その後もあまり鍛えたことがありま
せん。
ほら、こんなにやせ細っているでしょう。おそらく」
この世とももうしばらくでお別れです。
延年益寿の秘訣などとても申し上げられません」。
彭祖は言い終えると、大きなためいきをついて、飄然と立ち去ってしま
行方がわからなくなった。
輜輧((前後に屏障のある女性用の乗物)
輧 のせる
漢字の意味と構成
輜(し):荷物を積んだり中で寝起きしたりできる、重くしっかりとした覆い車(衣車)
輧(へい):四面が遮蔽された比較的軽い覆い車(軿車)
輜輧:二つの似たような形状の覆い車を並べて呼ぶ、またはその古車を指す連語。
それから七十年余りのち、流沙国の西部の辺境で、「この世とももうしばらくでお別
れ」だったはずの彭祖が、駱駝にまたがってゆったり歩を進 めているのを見かけた人がいるという。
彭祖が長寿の秘訣を打ち明けようとしなかったので、桂芝という薬をいつものんでいたとか、ある種の深呼吸法に通じていたとか、いろいろ憶測しているが、実のところ、いずれ
も正しくない。
彭祖は雉の羮をつくるのが非常にうまかったが、その雉の羹を天帝に献上したところ、飲むとと
てもうまかったので、天帝が非常に喜んで八百年の寿命を下賜したからなのである。
しかし、高大な志を抱いて
いた彭祖は、臨終のさい、まだ満足するだけ生きていない、まだ若いのに死んでしまうと嘆いた。(p152)
老童と太子長琴も、顓頊の後裔のなかでかなり有名で ある。老童は顕頃の子どもで、 鐘や磬を打つような声でいつもはなし、その声は音楽のように響き、 太子長琴は老童の孫で、西北の海外の榣山に住み、さまざまな美し い歌をはじめてつくった。
両者のこのような音楽の天分は、実は顓頊の音楽好き
と関係がある。顓頊は上帝としては理想的な上帝ではな
いが、音楽の愛好者としては、音楽に対する高い鑑賞眼
を有しており、まれにみる「音楽マニア」である。
若い
ころ、東方の海の外に身を寄せていたとき、百鳥の美し
い歌声で本格的な音楽の洗礼を受け、のちに叔父の少昊
も特に琴と瑟を手に取り、弾いたり吹いたりして、顓頊
の音楽への興味をいっそうかき立てた。
上帝になったの
ち、顓頊はまるで楽器が奏でる音楽のような天風の音を
耳にして、非常に惹き付けられた。
そして、この風の歌
が気に入り、天上の飛竜に風の歌声をまねて八方風の歌
をつくらせ、「承雲の歌」と名づけ、隠棲している曾祖
父の黄帝に献上して喜ばせた。
また、歌をつくることに
力を入れ、猪婆竜にを音楽の指導者にした。
この猪婆竜は、
顔の短い鰐のような姿をしており、胴は長さ一、二丈で、
足が四本あり、背と尾は厚くて堅い鱗でおおわれている。
怠惰なうえ、寝るのが大好きで、いつも目を閉じて休ん
でいるが、自分の気を惹くものがあると、少しも遠慮し
ない。
音楽にはうとかったが、上帝に命令されると、さ
っそく大きなからだをひっくり返して、足をひろげて宮殿に仰向けに横たわり、
ふくらんでいて白く光沢のある
腹の皮を尾でたたいた。
トントン――トントン。トントン――トントン。
その音は妙なる調べであった。顓頊は
それを聞いて喜び、猪婆竜を天上の楽師にした。
猪婆竜の
腕前はたいしたものではなかったが、その評判がま
たくまにひろまり、その皮に音楽性がそなわっているこ
とが知られたため、かわいそうなことに、猪婆竜の種族
と後裔は大きな禍いをこうむっている。
人びとは猪婆竜に
を捕まえては、皮をはいで太鼓に張ったが、その太鼓の
音は実に力強く、戦争であれ、祭りであれ、遊びであれ、
その太鼓を手放せなくなった。
――しかし、猪婆竜は日ごとに少なくなっていった。
鼍 :
中国の伝承に伝わる妖怪。
「猪婆龍」とも呼ばれる中国の川や湖に棲んでいるとされる怪物。
中国語では“トゥオ(Tuo)”と表記される
古代中国の地理書『山海経』にも長江(揚子江)に棲んでいると紹介されているが、如何やらこちらは実在するヨウスコウアリゲーターの事ではないかとされている。
以↑ ピクシブ百科事典引用
他の天帝と同じように、顓頊もすでに亡くなっている が、亡くなるときに奇怪な化身をしたといわれている。
強い北風が吹き始め、その風に吹かれて地下の泉水が湧
き出したときに蛇が魚に化したので、顧項はその機に
乗じてその魚に取り憑いてよみがえったが、半人半魚にな
ってしまった。
この奇妙な生きものは「魚婦」とよばれ
ているが、おそらく、魚が顧項の妻になって命を助けた
からであろう。
周の始祖の后稷も同じような化身をしている。
后稷は墳墓のなかでよみがえったが、やはり半魚であった。(p153)
怪鳥、怪魚・・『山海経の妖怪たち』でイメージを検索したが そこには出ていないようだ‥20260810
袁 珂著
『中国の神話伝説』を読む
まえがき(china/2026index.html)