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神話学
レヴィ・ストロース
野生の思考 やせいのしこう La pensレe sauvage
フランスの人類学者レビ・ストロースの著作。 1962 年に公刊されると,たちまち多くの論議を呼び,現代西欧思想史の画期となった〈構造主義〉の時代の幕明けとなった。本書で彼は,トーテミズムなどにみられる未開人の心性と思考を,近代科学的思考と異なる非合理的なものとみる旧来の偏見を批判し,豊富な民族誌的資料と明晰な構造論的方法によって,それが〈野蛮人の思考〉ではなく,〈栽培思考〉 (文明化した思考) に対する〈野生の思考〉であって,それ自体精緻な感性的表現による自然の体系的理解の仕方であり, 〈具体の科学〉であることを明らかにした。それは,西欧の自己中心主義的認識原理と歴史観の批判・反省を喚起し,サルトル哲学の批判を含む 60 年代の西欧思想の転換に決定的な影響を与えた。またレビ・ストロース自身にとっても,本書はより本源的な神話的思考の探求の序章となった。
荒川 幾男
レビ・ストロース Claude Lレvi‐Strauss 1908‐ フランスの人類学者。パリ大学で法学と哲学を学び,はじめリセの哲学教師をつとめた。 1935 年サン・パウロ大学社会学教授としてブラジルに赴任し,ボロロ,ナンビクワラ等のインディオ社会の実地調査にあたった。その後いったん帰国したが,ビシー政権下をのがれて 41 年にアメリカへ渡った。所属先の〈社会調査のための新学院〉で言語学者 R.ヤコブソンを知った。第 2 次大戦後帰国し,50 年パリ高等研究院宗教科学部門を担当, 59 年コレージュ・ド・フランス社会人類学講座の初代教授となった。その構造人類学の特色は,ソシュール,ヤコブソンの構造言語学に示唆を受けて,音韻体系や詩的言語構造と類比的なモデルを文化現象に広く見いだすところにある。有限個の要素が一定の配列規則群によって無数の陳述をうみ,さらに隠喩と換喩の作業が詩的言語をうみだすように,文化の基本構造そのものが言語に似たコミュニケーション体系をなすとみる立場である。この方法は親族,分類,神話等の領域に機能主義以後の革新的な理解をもたらした。 主著には,女性を交換する互酬のコードを婚姻体系にみる《親族の基本構造Les structures レlレmentaires de la parentレ》 (1949), 〈未開分類〉の論理構造を明らかにしてヨーロッパ人類学の認識論を相対化した《野生の思考La pensレe sauvage》《今日のトーテミスム》 (ともに 1962),また〈料理の三角形〉や〈儀礼と神話〉論を含む大作《神話学Mythologiques》4 巻 (1964‐71) などがある。ほかにも方法論集ともいうべき《構造人類学》2 巻 (1958,73) や,広い読者層を獲得した初期の内省的民族誌《悲しき熱帯Tristes tropiques》 (1955) がある。とくに《悲しき熱帯》は,失われた人間と自然との結びつきをめぐるルソーを思わせる文明論的省察として大きな反響を呼び,また《野生の思考》は,文明化した〈栽培思考〉に対して,未開人にみられる〈野生の思考〉がそれ自体組織的な感性的思考による〈具体の科学〉であることを明らかにし,西欧中心の近代的思考体系への根底的反省を促して〈構造主義〉思想の展開を触発した。そこに開かれた認識の地平は人類学を超えて人文社会科学全体に方法論的反省をせまる深さをもち,記号論,象徴論の新たな動向をなお生み続けている。分離しがちな英米人類学とフランス民族学の伝統を結びつけた功績も大きい。 ⇒構造主義 関 一敏
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