西欧美術における一大テーマである「聖アントニウスの誘惑」には、怪物が数多く登場する。
41図
http://www.kusa.ac.jp/~kambara/bos/07.pdf (by Masaaki Kambara)
ニコラス・マニュエル・ドイチュ、グリューネヴァルトのイーゼンハイム祭壇画、ヒエロニムス・ボスのリスボン祭壇画等に直接影響、少年ミケランジェロも模写した。 @キンベルKimbell美術館美術館:フォートワース、テキサス州
マティアス・グリューネヴァルト
Isenheimer Altar, ehemals Hauptaltar des Antoniterklosters in Isenheim/Elsaß,
Festtagsseite, rechter Flügel: Die Versuchung Hl. Antonius
Mathias Grünewald (c. 1470–1528)
3世紀にエジプトの砂漠で修業した禁欲の隠者
4世紀:聖アタナシウスSt.Athanasiusによる『アントニウス伝』
13世紀:ウォラギネVoragine『黄金伝説』奇病「聖なる火」アントニウス修道会施療院
エミール・マール『中世末の宗教美術』「この厳しいまなざしを持った偉大な老人は、足下に炎を置いた火の主人であった」
医学的研究:
18世紀になり、壊疽による「麦角中毒(Ergotism)」であったことが判明
ニコラス・マニュエルの誘惑図の別の一点は、この幻覚による狂乱の患者を描いたものと思われる(図10)
目をおおうよう肉体の苦痛が、怪物の形を借りて表現されたとするならショーンガウアーに始まる空中での殴打の場面は、この病気に伴った筋肉の突っ張りや、四肢の引きちぎられる痛みに対応するものであろう。
16世紀中頃から現れるボス・リヴァンヴァルの作品や近代以降のものでは、この点が徐々に抜け落ちて、もっぱら人間の想像力の生み出す図像にのみ、興味が限定されてしまった。(p120)
四 リスボン祭壇画の解読(p122~)
創作当時は薄暗い礼拝堂のなかで、ぼんやりと暗闇の中から怪物と聖人の姿が浮かびあがるものだったに違いない。
左右両画面面とも、キリストをテーマにし、捕縛と十字架運びが
グリザイユ(✳)という灰色の淡彩画で描かれている。
キリストとともに処刑される善悪二人 、キリストの姿はともに小さく、それを取り巻いてあざけり攻め立てる人の群れは祭壇画が開いたときに展開する聖人とそれを取り巻く怪物に対応する。
外側のキリストの受難と内側の聖アントニウスの誘惑の図像の対応・・聖アントニウスへの信仰がキリストに匹敵するほど高まったいた事を意味する。
外翼の現実的なキリスト受難の場面は、扉を開けることによって聖アントニウスの幻想的世界に変貌していく。(p127)
前景 ペテロに耳を切り落とされようとするマルコス
財布を持って去ろうとするユダ
「聖人への直接の攻撃を主題にしたもの」(p134)
封筒を口に加えた猫背の鳥の怪物:漏斗を逆さに被り、
先から出た枯れ枝には振り子がぶら下がり、スケートのそりを履く(怠惰なメッセンジャー)
「背中に追われた教会の塔や車輪 のついた魚のイメージは15世紀の装飾写本にしばしば現れる。 」
※ボスの怪物フィギュアmementmori-art.com、karapaia.com
図解C(p133)
「聖人の欲情に仕掛けてくる悪魔」
Central panel of a triptych depicting The Temptation of Saint Anthony. The central figure of this painting, Saint Anthony in his blue monk's habit, is beset by a large number of demons and devils. He looks in the direction of the viewer while being turned to a crucifix placed inside a tower ruin.
図22 グリロ頭から赤いマントを被ったグリロ(✳)という怪物
命名:アンティフィロス(コオロギと豚を意味する)
歩行器に乗り、風車のおもちゃをもつ、老人でありながら幼児(「錬金術の子」(ジャック・コンブ))
1、宗教的な聖なる主題を悪魔的に変換させたものが見られる
2.ボスが好んで用いたいくつかのキーサードが怪物表現に認められる
ヘラサギ、バグパイプ、卵、船、ジョウゴ、酒壺、枯れ木、魚、ヒキガエル、豚、ネズミ・・
3.しばしば性的暗喩を含んでいる。これは現代的なフロイト的な文脈で見るより当時のエネルギッシュな民俗的欲望としてみる方が良い。
4.胴体を持たない頭と足だけの怪物ぐいっろが、ことに頻繁に現れる。
(p160)
人体が動物や植物、さらには日常の道具と結びつけられてきわめて個性的な怪物を生み出す
見えないものを見えるようにする点に、絵画の勝ちを置くことがある。
ホイジンガの言うように、中世末のネーデルランドは、すべての想念を目に見える形にしてしまった時代であり、ボスの誘惑図もその延長線上にあった。そこでは怪物は描かれることによって実在化していった。
見えるということは、つまり人間の思いつく範囲のもの、つまり人間の理性によって支配されたものに他ならない。つまり怪物の造形は、いわば恐れの緩和でさえあった。(p162)
以上で起承転結、
怪物のイメ―ジを読む・・であった・・
補遺→もう少しヒエロニムス・ボス
LastModified: 2020年 …