聖樹聖獣文様
『聖書の生んだ名画』保坂 清
玉川大学出版部 (1992/12/1)
この章の14項目を以下に見ます‥
2017年5月31日、ヴァチカンでの感想の第一は、その広大さと貪欲な収集とグリザイユ技法とであった。
システィーナ礼拝堂では、見上げるばかりで、本などで見ていたものの存在を遠く確認するだけであった。
この本で、天地は自然物でなく、「創造されたものであるという宣言」が、人間を地上の権力者の支配から解き放とうとする「神の意志」が描かれたということをまずしっかり見ておかねばならないという。(p17)
天地の創造という、厳粛で重大な「事実」が描かれたと。
格調高い「天地創造」の次は、私には聖書で最も不快なこのエピソードであった。ヨブの物語とともに解せない話であるが、西欧では重要な意味を持つという。
私には不可解だが・・
ルーブルには6回行ったが、記憶にない。
なお、ローレンス・ゴドウィンの『ルーブル美術館の絵画』(高階秀爾訳 中央公論社1991)によれば、
この絵は
レイデン作と書かれておらず、アントワープは又はレイデン派(SCOOL OF ANRWERP OR LEIDEN)の作で、(1500/50)48×34㎝、1900年購入(p232)とある。ルーカス・ファン・ライデン名義では、p241に「女占い師」という、さらに小品(24×31㎝)があった。
この絵の解説には非常に驚いた。
まことに意外なことに、全能の神は私たちがしばしば呼び掛けられる人間同志の「一致団結」を望んでおられず、むしろそれが破られ、散り散りになり、常に最小の単位としての「個」に戻って神と対面し、生きていくことを求めておられる、と思って下さい。(p25)
「バベルの塔」はその建設の動機において人間の団結とか集団の能力を誇り、それを象徴するものだえあったがゆえに中止され「永久に不可能なもの」の象徴となったのでした。
これは人間の倨傲を叱るものではなかったのか。一般的解説として、コトバンクなどの辞書では、傲慢に対する戒めや、実現不可能な計画の意にも用いられるとある。
その説の可否はともかく、今まで 本当に「辞書的」で浅い理解であった、と思った。
この絵のテーマは私には全く通じない、わからないものです。「正しい神を信じることこそが生きるということの本当の意味である」ことがのっぴきならない形で示されている、とあるが。(p28)
「人はパンのみで生きない」という言葉の続きは「マナ(神の言葉)によって生きる」ということです、とある。(p30)「信じるものは幸いである」というのは確かだろう。
イサクの妻を、この地=カナン(現在のイスラエル、忌むべき異郷の地)でなく、親族の地=カルデア(現在のイラク)のウルから娶るため、アブラハムが僕(しもべ)のエリエゼルに頼む。エリエゼルが泉で水を所望尾すると一人の娘リベカが望んでいた言葉を返す・・という物語・・
photo byM 20170603
この聖堂、ちょっとした丘の上という感じのこんなところでこんなふうにこちらをみていました。
ローマ地下街の掲示
出エジプト記第2章
サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂(ローマ)
https://www.musey.net/8930
6~8世紀にかけて、キリスト教美術には多くの福音書記者の姿が描かれている。「筆記するエズラ」は旧約聖書のあらわれる祭司で、珍しいものに属する。
エズラ=多くのイスラエル人やレビ人が異邦人の女を妻としていたことを責める厳格な祭祀
多くの福音書記者の原形となる絵
著者は、この絵で別に夫を辱めているように見えないと言っている。ヨブの物語、つらすぎるから、これはいいかも。
ダニエル書第5章25節
書かれた文字「メネ、メネ、テケル、ウバシン」
(ベルシャザル王の時代が終わった、王国は分割される)
Rembrandt (1606–1669) : Belshazzar's Feast
ベルシャザルの酒宴(壁の言葉)」(レンブラント画、ナショナル・ギャラリー)
う~~ん。これってなんの意味があるのか?と思ったが、数々の芸術作品のモチーフとなり、ハイネも詩に書いた。(wikipedia)
「近い将来に発生する可能性のある大変動の兆候に無知」であること・・
「壁に書いてある」という慣用表現の原点であるという。
この絵はこちらで見られます。
http://mementmori-art.com/
エゼキエル書:新約の『ヨハネの黙示録』に似た背景
あまりに高名なる名画が多く、不在の名画に癒された日!?
ヨナ書口語訳(wikipedia) とうごまの木
この聖堂の外壁のレリーフのユニークさ精緻さには驚きました。トウゴマは夏には2メートル近く成長するようだが、一説ではヒョウタンのことだったという。(wikipedia)
ダビデが家臣ウリアの妻バテシバの水浴を見て懸想し、夫のウリアを危険な前線に出動させ戦死させてバテシバを妻にしてしまう。神は二人の間に生まれた最初の子の命を奪う。しかし二番目の子は史上に名高いソロモンであった。(旧約聖書の『列王記』に登場する古代イスラエルの第3代の王。古代イスラエルの最盛期を築いたとされる)
ソロモンの母であったとは!・・しらなかった・・・
以下更に、章別に見ていきたい‥
『聖書が生んだ名画』