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葡萄唐草

me葡萄唐草考で、朝日新聞社発行「植物の世界」の37「ブドウ」をチェックします。

GLN(GREEN & LUCKY NET)からこんにちはに、いち早い紹介あります: 「葡萄(ブドウ 唐草の西と東」

また、森豊さんの「シルクロード史考察」もチェックします。
(「ぶどう唐草幻想」「海獣葡萄鏡」・・)

シルクロードと葡萄唐草

「植物の世界」朝日新聞社

「植物の世界」 朝日新聞社発行
足立輝一著(元『週刊朝日』編集長1918-95)

植物の世界「ブドウ唐草の西と東」

以下引用

工芸文様の一つに葡萄唐草があります。
この文様は葡萄酒文化と表裏となって東西に伝播しました。
波状曲線を軸とした唐草文様は,古代エジプトに始まったらしい。
それはスイレンの花のデザイン化に始まります。
ギリシャに入って,ニオイニンドウを用いた忍冬唐草や葡萄果を組み込んだ葡萄唐草などに発達しました。


葡萄唐草は,アレクサンドロス大王のペルシャ遠征(紀元前4世紀)を契機とするヘレニズム文化の東進により,オリエントに帰って来ました。
ガンダーラの仏教彫刻(1〜5世紀)や,ササン朝の染色(3〜7世紀)に登場して来ます。

オリエントの乾燥地帯においては,ブドウは重要な水分の源であり,生活デザインの中にも自然に採り入れられました。

仏教美術のデザインとなった葡萄唐草は,仏教の東漸と共にシルクロードを通って中国に伝えられました。
5世紀頃の楼蘭出土の楯や,5世紀末の雲崗石窟の 仏像光背には,葡萄唐草が刻まれています。

中国の唐代には,西域から来るイラン文化が愛好されました。唐の都であった長安の大明宮から出土した磚セン(土で焼いたレンガの一種)には葡萄唐草が刻まれており,葡萄唐草と動物とを組み合わせた文様を裏面に描いた鏡が流行したと云います。
この海獣葡萄鏡は,わが国へも舶載され,正倉院に残っています。

わが国において制作された葡萄唐草には,
7世紀末の法隆寺金堂の天蓋, 8世紀初めの薬師寺金堂の薬師如来台座などが知られています。
葡萄唐草文は,天平時代には,盛んに用いられました。
奈良時代以後ぱったり消えてしまいましたが,室町時代に再び復活して来ました。

理由は分かりませんが,室町から江戸時代にかけての葡萄文様には,リスが同居します。
ブドウ・リス文様は,いろいろな蒔絵や陶磁器を飾りました。
わが国の葡萄唐草は,葡萄食文化とはあまり関係なく,独自の発達を示したのです。


薬師寺の薬師如来の台座の葡萄、他⇒


me以上、葡萄唐草の基本的なまとめでしたが、「室町時代から江戸時時代の葡萄文様のリス」の件。たぶん、リス(squirrel)は、生命樹の方から来たのではないかと思われるが、あるいは、食べ物を貯蔵するところから?・・。正倉院から時代を下がった日本の文様は見ていないので、ここはまたのちほど。


植物としての葡萄については「ブドウ科の巻きひげの謎」についてのコラムがあり
大場英章さん著

ブドウの文化史:足立輝一さん著
古代エジプトのセンネフェル墓の壁画
11世紀のバイユーのタピストリー、
大英図書館蔵のワインを飲む修道士など4図が載っている。
葡萄の天井が美しい「センネフェルSenneferの墓」@ルクソール
http://www7a.biglobe.ne.jp/~santa2/sennefel.htm写真が見られます。
センネフェルはアメンホテプ二世(BC1428〜BC1402)の時代のテーベ市長

「海獣葡萄鏡 シルクロードと高松塚」目次読書

me森豊さんの「シルクロード史考察」のシリーズの・・ 「ぶどう唐草幻想」(1974年11月六興出版刊 ) これより早く、「海獣葡萄鏡 シルクロードと高松塚」(中公新書1973年5月刊 森豊著)がある。 中公新書の 「海獣葡萄鏡 シルクロードと高松塚」は、非常に詳しい。
「(白鳳・天平時代に)これほど葡萄文様が流行したのに、葡萄の果実の文献は全く見当たらないし、また葡萄酒も見えない」(p37)ということ、中国では愛飲されたが、日本では不思議にもそうならなかった。正倉院の葡萄文様が中国と比較して稚拙なのも、この植物を知らなかったのだろう、とあるのが、まずひとつ。以下に続く

はじめに
東西文化交流の具現例の一つとして、「海獣葡萄鏡」を、訪ねる。
古代オリエント文明の中から東西にのびていった葡萄と獅子の文様が、シルクロードを東漸してきて、中国の古代から発展してくる鏡の中に発酵して、この華麗典雅な鏡が完成する姿をのぞく。
高松塚古墳の国際性とシルクロードの東西文化交流の姿をかいま見る

第一章 海獣葡萄鏡の発見

高松塚古墳の海獣葡萄鏡  正倉院の海獣葡萄鏡  法隆寺の海獣葡萄鏡  伝世鏡と出土鏡  日本古鏡の流れと思想

第二章 海獣葡萄鏡の包蔵するもの

海獣葡萄鏡の研究  白鳳・天平の葡萄文様  獅子  天馬と孔雀  海獣葡萄鏡の時代

第三章 中国史の流れのなかで

中国の古鏡  大唐帝国の鏡  中国の葡萄  中国の獅子と孔雀

第四章 文様の源流と東漸

シルクロード  オリエントの葡萄  ギリシア・ローマの葡萄  キリスト教と葡萄  ペルシアの葡萄  砂漠の葡萄  聖なる鳥・孔雀  西方の孔雀  オリエントの獅子  獅子座の東漸  守門の聖獣と争闘文  海獣葡萄鏡と樹下動物図  文様の運命

終章  高松塚古墳の位置

海獣葡萄鏡の謎  鏡の埋納の意義  文化伝播の背景  シルクロードの終着点


岡崎 敬 (1923〜1990) 解説 (平凡社大百科事典巻4 P570) 

かいじゅうぶどうきょう【海獣葡萄鏡】
中国唐代,7世紀から8世紀にかけて流行した鏡。鏡背の文様がおもに禽獣と葡萄唐草文から構成されているので,この名がある。厚手完整で,いわゆる唐鏡の典型。円鏡のほかに方鏡もある。
鏡背中央の鈕は,多くが伏臥した獣形を写したもので,その周囲は狭い文様帯で内外両区に分けられる。
内区には葡萄唐草文の間に大きく獅子,豹,天馬,孔雀,鳳凰などが表され,外区では,同じく葡萄唐草文の間にこれらの禽獣に加えてネズミや猫などの小動物,小鳥,昆虫が見え隠れしている。
宋代や清代の図録類に「海馬葡萄鏡」とか、「海獣葡萄鏡」の名があり、呼びならわされているが、特に海獣または海馬という特定しうる獣形は認めがたく、この名称の由来は判然としない。日本には正倉院あるいは社寺に伝世された優品も少なくなく、また、法隆寺五重塔心礎埋納物や高松塚古墳副葬品に含まれていて、特に有名になった。
海獣葡萄鏡は奈良時代に日本でも制作されたが、そのほとんどは、既製品を押し付けて型どりした鋳型による、いわゆる《踏み返し鏡》であり、粗製品が多い。
東西交渉の考古学 (1973年)

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森豊さんの「シルクロード史考察」
「ぶどう唐草幻想」についてはこちら)

葡萄唐草の海獣葡萄鏡については 「楽園の図像 ―海獣葡萄鏡の誕生― 」石渡美江著
吉川弘文館歴史文化ライブラリー97(2000/06刊) ⇒まとめ(目次・抜き書き読書)。 海獣葡萄鏡(1・2・3・4・5)
そちらは、森さんの本の 「第四章 文様の源流と東漸の図像」の葡萄唐草のあたりに関わる、鏡になる前の、葡萄唐草の中の人と小動物を見ている。
なにより 地域的なブドウの文物の集大成となっている(1)ギリシア陶器に描かれた葡萄唐草文/(2)ローマおよびローマの周辺地域の葡萄唐草文/(3)アッシリア,ササン朝の葡萄/(4)中央アジア〔インド・中国〕の葡萄唐草文
抜けているのはエジプト

唐草図鑑本題 ⇒葡萄唐草文様・象徴
植物としてのブドウ
葡萄の利用バルサミコ酢とワインビネガー
ディオニュソス Dionysos古代ギリシアの豊穣とブドウ酒の神
ギリシアのワインの器ヴィンテージ
バッカス神話

オリエントの文物オリエントの文物(モノクロ〕 ベル神殿の葡萄(1〜2世紀)
アンティオキアの文物(2〜4世紀)、ペルシアのハオマ
薬師寺の葡萄唐草エジプトの葡萄
「ぶどう唐草幻想」(森豊)


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