越宏一さんの「ヨーロッパ中世美術講義」
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口絵2 エヒテルナハ Echternachの福音書 マタイの象徴
ノーサンブリアNorthumria,7世紀末 パリ国立図書館Bibliohteque Nationale,Ms.lat.9238,fol.18v
中世美術においては、手本となった有機的具象的な人間像の形体を抽象的なパターンに分解することが頻繁に行われた。: 抽象的様式化が最も首尾一貫して行われたケース
696年にイギリス北部のノーサンブリア(リンディスファーン)生まれの聖ウィりブロードWillibrord(657頃ー738頃)がもたらしたものと伝えられる。
IMAGO HOMINIS(人の象) マタイ伝福音書の扉絵としての役割
いくつかの水滴状の輪(ループ)は衣をまとった人間像の表現としてはあまり納得の行くものではない.(p44)
椅子のシートを表すストライプ(帯)が、二組のブルズアイbull's-eye(水滴型)を区分している。
装飾的に翻訳された人物像は、組紐文の枠取りに据え付けられた十字架のデザインの中心部を占めている。
イマーゴ・ホミニスという装飾的なインスクリプションが、十字架、すなわち、キリスト教最大の象徴を基調とする、ページ全体のレイアウトに完全なハーモニーをもたらす(p46)
この写本挿絵は「レプレゼンティション(再現)」と装飾的な「ディスプレー」の混合と言えるが、後者が優勢である。このように、プレ・カロリング朝美術においては、装飾的構成(パターン)に最大のアクセントが置かれたのである。(p46)
カロリング朝時代(8世紀後半から900年ごろまで)以降は、主人はますます、「再現」の側に移っていく。そして、有機的な形態の変形はもはや、極端な分解には至らなかった。この、穏やかな程度の変形は、われわれがふつう「様式化stilization」と呼ぶ現象である。この述語は、したがって、プレ・カロリング朝の諸派には適用すべきではないだろう。(p46)
"St. Matthew - Lindisfarne Gospels (710-721), f.25v - BL Cotton MS Nero D IV"
図30 リンデスファーンの書 福音書記者マタイ ロンドン、大英図書館、Ms.Cotton,Nero D.Ⅳ,fol,25v.
中世を通じで、形象表現の素材は決して、直接、自然からは取られず、絶えず、クラシックなイメージから、すなわち、出来合いの形式から得られた。(p39)
5世紀に西ローマ帝国が解体した後、古典古代文化の遺産相続人となったバルバロイ(蛮族たち)に地中海文化の影響の下、形象表現が最初に導入された時、プロトタイプの自然模倣的な造形は大幅に後退した。(p39)
その具体例
リンディスファーンの修道院はブリタニア北部のケルト系修道院文化の拠点、この写本はここで698年頃製作された。
図31 コデックス・アミアティヌスcodex amiatinus 預言者エズラEzra ウエアマス/ジャロウWearmouth/Jarrow、716年以前 フィレンツェ,ラウレンツィアーナ図書館Biblioteca Medicea Laurenziana,Cod.Amiat,Ⅰ,fol.5r
→参照manuscript.html
フィレンツェのラウレンツィアーナ図書館『コデックス・アミアティヌス』(726年以前にウェアマスかジャロウで制作された):「エズラの肖像」は一見して、『リンディスファーンの書』のマタイ像のポーズと酷似している=グレコ・イタリア系の手本を下敷きにしている。
しかし、ここでは、バルバロイの造形感覚に従って、人間像の文様化が首尾一貫して行われていて、装飾ページとしての役割が強く打ち出されている。(p40)
インスクリプション(銘)がない、地中海的なエズラ像のミニアチュールに対して、ケルト系の、マタイ像の方はポスターとしてみてもおかしくないような写本画である。
カーテンの後ろから顔をのぞかせている人物はキリストとされているが、福音書記者像の構図に彼が登場するのはまれである。
象徴が本体に加えて表されるというのは一種のトートロジー(類語反復)のようなもので、これはビザンティンの福音書記者像には見られない、西方的な特徴である。(p40-41)
https://en.wikipedia.org/wiki/Echternach_Gospels
https://en.wikipedia.org/wiki/Codex_Aureus_of_Echternach :11世紀
非常に面白い♪→続く・・