怪物関連書の中で、ルゴフ著の翻訳を見ていて、、
『絵解き ヨーロッパ中世の夢(イマジネール) 』Jacques Le Goff (原著), 橘 明美 (訳) 原書房2007刊も発見したので、次に見てみます。
原題は『中世の英雄と驚異』(Héros et merveilles du Moyen Âge ,Seuil,2005)
(Book解説)
「フランスのヨーロッパ中世学の権威が、中世ヨーロッパの想像の世界を彩った主人公たち――英雄たちとさまざまな驚異――をとおして、中世独自の世界を、美しい図版と簡潔な文章のなかに見事にとらえた名著。全20項目、図版150点。」
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
中世の想像界=夢のふたつの要素、神話や伝説の「英雄」、畏怖や歓喜をよびおこす「驚異」から、「中世の夢」を特徴づける名著!150におよぶ図版とともに描く巨匠ル・ゴフの世界。
【目次】アーサー/カテドラル(大聖堂、司教座聖堂)/シャルルマーニュ(カール大帝)/城塞/騎士と騎士道/エル・シド/クロイスター(修道院、あるいはその庭を囲む回廊)/コカーニュの国(桃源郷)/ジョングルール(大道芸人)/一角獣(ユニコーン)〔ほか〕
中世に形作られ現代まで続く、英雄と驚異についての想像界(イマジネール)の歴史。
英雄としてはアーサー王、カール大帝、ロラン、エル・シド、マーリンなど。
驚異としては城塞、カテドラル、騎士道、一角獣などなど。
(wikipedia)ジャック・ル・ゴフ(Jacques Le Goff, 1924年1月1日 - 2014年4月1日 90歳没)は、現代フランスを代表するアナール学派の中世史家。 フランスのアマゾンの著作リスト
以下、目次読書・・・
「日本語序文」より
中世の夢から覚醒したはずの人間たちは、けっして想像の世界から脱離したわけではなく、むしろ夢を継承しつつ中世への共感をはぐくんでいるのかもしれない。(樺山紘一)
序文
想像界(イマジネール)は「表象(ルプレザンタシオン」、「象徴」「イデオロギー」と区別されなければならない。
イメージ研究に携わる歴史家たちが議論してきた主題やイメージを集めた:図像学者フレデリック・マズイの知識と研究に負う所が大きい。
具体的切り口は英雄と驚異。
英雄:「伝説上の人物」を武勇とクルトワジー(宮廷風礼節)の両面から考察(女性はいない)ジョルジュ・デュビーが名付けた「男の中世」
驚異:古代ローマの知識から受け継いだ遺産 三種類の建築物という形で中世の驚異を紹介。
中世によって創造され、形成された創造界を紹介する意図
異境ということではオリエント、とりわけインドが中世の創造界の源流として重要である。
中世全体、4~14世紀までの長い期間を対象としているが、この想像界の幹や枝がほぼ茂って花が咲いたのは、12・13世紀。
中世の英雄や驚異は、キリスト教徒達が天上から降ろしてきて地上に据えた傑出したものや偉業であり、つまり中世の人々はこの地上を超自然界の栄光と魅力で飾ったのである(p15)
本書が目指すのは中世のキリスト教徒たちが伝説ないし神話という形で天上から地上へとすばらしいものを降ろしてきた、その大転換を描き出すことにある。
それはある意味では、中世をどう見るかの歴史であり、クリスティアン・アマルヴィの名著のタイトルをかりるならば「中世の印象」の歴史ということになる。
最近発表した論文『ヨーロッパは中世に生まれたのか』の内容を想像界の分野に展開したもの。
アーサー p18
カテドラル(大聖堂、司教座聖堂) p32
シャルルマーニュ(カール大帝) p52
城塞 p70
騎士と騎士道 p92
エル・シド p114
クロイスター(修道院、あるいはその庭を囲む回廊) p126
コカーニュの国(桃源郷) p138
ジョングルール(大道芸人) p150
一角獣(ユニコーン) p162
メリュジーヌ p180
マーリン (メルラン)p192
エルカンの一党 p202
女教皇ヨハンナ p214
狐のルナール p226
ロビン・フッド p240
ロラン p240
トリスタンとイズ―(イゾルデ)p260
トゥルバドゥール、トゥルヴェール p270
ワルキューレp280
目次から見ると、直接的には「怪物」(空想動物)は、ユニコーンとメリジューヌだけである。
冒頭の「アーサー」の項では、まずオトラント大聖堂の床モザイクが出てきている。他に、竜のいる図像あり。
クロイスターの項は魅力的だが、回廊を飾る怪物は出てこない。
ここで、Wikipediaの「Category:中世の伝説の生物」を参照すると このカテゴリには 16あった。
アスピドケロン
エアレー
オーガ
カラドリウス
グリーンマン
コカトリス
熊のジャン
スキアポデス
ティターニア
バイコーン
バロメッツ
ビショップ・フィッシュ
ブレムミュアエ
ミルメコレオ
メリュジーヌ
ユニコーン
ついで、Category:ヨーロッパの伝説の生物を見ると
アクリス
狼男
オドントティラヌス
ガーゴイル
吸血鬼
クラーケン
グリフォン
グレンデル
スプライト (伝説の生物)
ダンピール
ドラゴン
バーゲスト
フェニックス
プット
ホムンクルス
マンティコア
ミルメコレオ
ユニコーン
レプス・コルヌトゥス
こう見ると、たしかに、この中で中世の怪物としては、メリュジーヌとユニコーンこそ、特筆すべき怪物であるといえる。では、ルゴフの擧げるユニコーンの項の図像を見ることにしよう。
ようやく動物の登場である。動物は、中世でも現在のヨーロッパでも重要な存在で、想像界(イマジネール)の大きな部分を占めている。(p163)
20200414閲覧wikipedia Unicorn:モノケロース(monoceros, 一角獣)という語もあり。wikipediaフランス版が充実している。(質の高い記事)
この本では「ユニコーン」の図像は計7図ある(p162~179)
ちなみに私のこれまでの、ユニコーンのページはこちら。(写本)
Unicorn hunt - British Library Royal 12 F xiii f10v (detail)
Title
Unicorn from the Rochester Bestiary (Royal 12 F xiii)
Illustration of a unicorn hunt; detail of a miniature from the Rochester Bestiary,
BL Royal 12 F xiii, f. 10v. Held and digitised by the British Library. Date Late 1200s
(※wikipediaでは以上の様に1200年代後半の写本「ロチェスター動物寓話」からという)
(この本での図のキャプション)王室の写本、12F.ⅩⅢ,10 v,13世紀前半、ロンドン、大英図書館
狩人と処女と一角獣。中世の動物史では一角獣が実在の動物として紹介されていて、象徴的な解説が加えられている。
実は処女は一角獣をとらえるための囮である。(p162)
世界の驚異や特筆すべき事柄を集めた『自然史の謎(Les Secrets de l'histoire naturelle)』1480年頃、ms fr.22971,fol.20,パリ、フランス国立図書館(p163)
※https://www.qantara-med.org/一角獣が英雄となったことは、中世の人々が長い間想像と現実の区別を気にしていなかったこと、また意外性があって象徴性の高い英雄が好みだったことを教えてくれる。(p164)
一角獣という動物は古代が残した遺産である。中世の著述家でああった初期教会の教父たちが、古代の書物『フィシオログス』の中から見つけ出したものだ。
一角獣が実在の動物であるライオン、鹿、馬とともに描かれている。13世紀のバルトロマエウス・アングリクスによる有名な博物誌『事物の属性について(Livre des proproetoes de choses)』。この写本は15世紀にラテン語の原典からフランス語に訳されたものである。ms339,fol,.1271 、シャンティイ、コンデ美術館。(p165)
バルトロマエウス・アングリクス
(Bartholomew of England/Bartholomeus. Anglicus/c.1203- 1272)
De proprietatibus rerum
一角獣と触覚。有名な『貴婦人と一角獣』は1882年にクリュニー美術館に納められた6枚のタペストリーからなる大作で、人間の五感を象徴する図柄が織り上げられている。ここでは貴婦人が一角獣の角を触っているが、これは「触覚」の寓意である。1484‐1500年、パリ、クリュニー国立中世美術館。(p172)
版画家のジャン・デュヴェ(1485‐1561頃)は一角獣の連作に大いに情熱を注いだので、生前から「一角獣の巨匠」と呼ばれていた。
一角獣が実在の動物たちに囲まれている。一角獣は画面中央の小さな中洲に立っていて、両岸にはし小さいものから大きいものまでさまざまな動物たちがひしめきあったいる。中世のどの動物誌よりもリアルな一角獣である。デュヴェのおかげで、一角獣は16世紀に人気の絶頂期を迎えた。パリ、フランス国立図書館。(p174)
一角獣は象徴主義の時代にも印象的な姿を見せてくれた。ベックリンの影響を受けたアメリカの画家アーサー・B・ディヴィ―ズが1906年に描いた作品。幻想的な情景の中に4頭の一角獣と2人の女性が描かれ、女性の一人は昔ながらの処女のテーマを思わせるポーズをとっている。
ニューヨーク、メトロポリタン美術館
20世紀末に久しぶりに表れた作品(1993年)
現代の一角獣の角。デンマークの現代彫刻家ヨーン・ロノー。
ロノーは美と神秘の意味合いを込めて2本の巨大な角を彫り上げ、』自分の庭にすえた。トランケン・イント、芸術と自然センター(www.Ronnau.dk)
彼はこの作品を自然の普遍的神秘の見事な隠喩だと考えており、その意味を買っての錬金術師たちと重ねているそうだ。(p178)
次に以下は、メリュジーヌ・・・
驚異のヒロインの登場(p181)
「メリュジーヌ」の項(p180~191)だが、図像はこちらも計7図ある・・・
メリュジーヌの飛翔(p180)
メリュジーヌが翼のある蛇となり、仰天する夫と従僕を残して家族と暮らした城から飛び立つ場面。
クードレットの『メリュジーヌ物語』(松村剛訳、青土社)のミニアチュール。1401年,ms fr.383 ,fol. 30、パリ、国立図書館。
母親であるメリュジーヌ(p181)
(p180と同じ本のミニアチュール 1401年
夫とベッドを共にしている。手前にも下半身が翼のある蛇という姿のメリュジーヌがいて、産着にくるんだ赤子を腕に抱いている、ゆりかごにはもう1人の子どもが寝ている。
メリュジーヌの飛翔(p182)
『メリュジーヌ物語』のミニアチュール。1401年,
ms fr.12575 ,fol. 86、パリ、国立図書館。
地上界は基本的に「男の中世」(ジョルジュ・デュビー)
想像界ではキリスト教によってある女性(聖母マリア)の絶対的なイメージが掲げられていた。
メリュジーヌは女性の姿をとる中世の妖精。
中世の人々は妖精を古代のパルカ(古代ローマ神話の運命fataeの三女神)の子孫と考えていた。
妖精は「運命(fatum)とつながる者」
中世社会は女性に対して、あるいは、一組の男女に対して、両極端な、あるいは矛盾した考えを持っていた。ある時は善、ある時は悪、驚くほど美しい人物として登場したかと思うほど、次には驚くほど恐ろしい存在となって表れる。 (p182‐183)
メリュジーヌに相当する女性は12世紀ラテン文学、次いで13世紀初頭の俗語文学に登場。14世紀末にかけて徐々に特別扱いされ、フランス西部の領主階級の名家であるリュjyニャン家に結びつく。
メリュジーヌの飛翔(p183)
16世紀の写本。下半身が翼のある蛇という姿。
Codex 0.1.18、バーゼル。国立図書館。
メリュジーヌの変身と飛翔(p186)
初期
『宮廷閑話集』ゴーティエ・マップ著イングランド王ヘンリー二世への批判
『皇帝の閑暇』ティルベリのゲルファシウス著(池上俊一訳、青土社):禁忌破りの物語、裏切り
「女性=動物」が最後に悪魔的な姿を暴かれる
人間の夫にもたらしたのは富と繁栄⇒「母と開拓者」と呼ぶことにする。
14世紀に完成
ローランス・アルフランクルの分類では、
メリュジーヌは幸せをもたらす妖精の典型で、逆に、モルガン(アーサー王伝説に登場する魔女)は、悪い妖精の典型
⇒メリュジーヌのもたらす幸福は本来の悪を完全に消し去れるものではない。メリュジーヌは人間と魔性の生き物との混血のようなもの。(p185)
14世紀末
メリュジーヌ物語から二つも作品が生まれた。
物語作家ジャン・ダラス
書籍商クードレット
禁忌破りとその悪影響を軸に展開
十字軍という歴史的背景からの着想も盛り込まれる
ドイツ文学と想像界では
メリュジーヌの男性版が登場『白鳥の騎士』
これをもとにしてワーグナーが作曲したオペラが『ローエングリン』
リュジニャン家は16世紀に姿を消す。
メリュジーヌの塔は、15世紀の「ペリー公のいとも豪華な時祷書」のミニアチュールにだけ名残をとどめる。(p190)
19世紀 ロマン主義による中世復活の恩恵を被る。
1820年 ルートヴィッヒ・ティークの翻案など
19世紀~20世紀 メリュジーヌ=水の精⇒オンディーヌという形で人気を博した。
最近新たなイメージが付け加えられた。
「女性のシンボル」デンマークの女性研究サークルがその記章(エンブレム)に選んだ。フェミニズムによって変化。
現代のメリュジーヌ(p189)
「写実的になり、髪を振り乱している。1900年頃に後期ロマン派のルイ・ボンブレが、ミシュレの『フランス史』の挿絵として制作した彩色リトグラフ。」
「メリュジーヌ伝説はフランスの伝統的な物語として生き続けている。」
🧜 ジュール・ミシュレJules Michelet(1798- 1874) wikipedia
20世紀の店の看板になったメリュジーヌ(p191)
メリュジーヌ伝説が中世ヨーロッパの造像会で特別な地位を獲得したのは、二つの特徴による。
人間と超自然家的存在とのかかわりにおいて、その肯定的な面と否定的な面を一体化して見せた点と
男女の基本的な在り方を提示した点。
人間に富、子孫、幸福をもたらすいい妖精でありながら、魔性の女でもある。
メリュジーヌは夫がいてこその存在であり、「妖精と騎士」という男女の組み合わせの形が、その成功も挫折も含めて作りあげられた。(p191)
さらに長期的視野に立つならば、西欧社会の危うさということにもなる。中世の封建社会も、現代の資本主義も、西欧社会に栄光と勝利をもたらした。だがそのいずれにも悪魔的な面があることを、メリュジーヌが教えてくれている。(結語)
ルゴフによる、ユニコーンとメリュジーヌのイメージ研究は以上であった・・・
復習としては、イメージ事典を参照しながら、 中世の写本のユニコーンのミニアチュール(文様の中の想像獣)を見、
以後のテーマとしては、聖獣:翼のある蛇(龍)についてなお見たいと思う・・
怪物関連書(まとめ)
「《驚異》の文化史」(オトラント大聖堂のモザイク他)
『ロマネスクの図像学 (教会の怪物)』、
『イタリア古寺巡礼』(アダムと動物)、
『怪物ーイメージの解読 』、
『奇想図譜』
LastModified: 2020年 …
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ヨーロッパ中世の想像界
池上 俊一 (著) 名古屋大学出版会 (2020/3/5)
『西洋中世奇譚集成 妖精メリュジーヌ物語 』
クードレット (著), 松村 剛 (訳)– (講談社学術文庫) 2010
『縞模様の歴史―悪魔の布』
ミシェル パストゥロー (著), Michel Pastoureau (原著), 松村 剛 (訳)(白水uブックス)2004
驚異と怪異: 想像界の生きものたち
山中 由里子 (編), 国立民族学博物館 (監修) 河出書房新社 (2019/9/4)