猫頭の
古代エジプトの社会;素描


エジプト Egypt
山中 一郎 (平凡社世界大百科事典)
(C)日立システムアンドサービス


【王朝時代の社会と文化】

[社会]

 社会の中心は王,すなわちファラオ(旧約聖書ではパロ,エジプト語ペル・アア〈大きな家〉に由来) である。王は地上において創造神の役割を演じ,創造神が天地創造時に定めた宇宙秩序 (エジプト語マアト) を維持し更新することが期待され,この意味で神と見なされた。マアト維持の機能は,人間社会に対する行政機能と,秩序を保証する神々との調和ある関係を保つための祭祀機能とからなり,王はそれぞれを官僚と神官に権限を委任して代行させた。理念上,官職と神官職との区別はなく,いずれに任命されるかはまったく王の意志次第とされた。古王国前半においては,ファラオの職務代行者はファラオの血統の濃い者こそふさわしいとして,要職は王族 (とくに王子) 独占されている。後には文字を習得し,有能でさえあれば,家柄に関係なく高位に昇進できるとされた。国家の要職についた官僚 (および神官) が〈大人 (たいじん) 〉 (貴族) である。古代エジプトの社会層は〈大人〉と〈小人 (しようじん) 〉とに大別でき,下級官僚 (〈書記〉) から〈大人〉への道は理念上平等である。現実には教育を受けうるのは貴族の子弟に事実上限られ,中王国時代王権が積極的な勧誘を行った場合を除き,農民や工人の子弟が〈大人〉になることは困難であった。
 軍役は賦役の一部として課せられたため,軍人層の成立は,大規模な軍事遠征が恒常化する新王国時代以降である。しかしその社会的評価は低く,指揮官には文官優越の原則が堅持され,新王国後半からは外人傭兵が軍隊の主力となっていく。工人層 (彫刻師,金細工師,金属細工師,宝石細工師,指物 (さしもの) 師,大工,左官,石工,陶工,履物作りなど) は,原料のほとんどが国家の統制品であり,独立自営は事実上不可能であったため,もっぱら国営の工房か神殿など公的機関の経営する工房で働いた。新王国時代の王墓造営工人の集落がテーベ西岸のディール・アルマディーナに発見されている。対外交易は国家に独占され,国内の物資流通も国家統制下にあるため,新王国末期にいたるまで商人層は存在しない。一般人民の大部分を占めるのは農民で,貢納と賦役の主要部分を受け持った。貢租は収穫直後,収穫の 2 〜 4 割を納入,賦役は増水による農閑期に軍隊として組織され,灌漑水路の開削や浚渫 (しゆんせつ),開拓,宮殿や墓陵の造営,採鉱・採石・交易のための遠征や軍事遠征に従事した。土地の所有権は王にあり,国有地もしくは神殿・官庁など公的機関の直営領を割り当てられて耕作した。新王国以降になると事実上の所有権をもち,土地を売却する農民も出現する。官職に付随する土地,功労者に下賜された土地など〈大人〉層の場合には早くから事実上の土地所有が見られた。奴隷の数は少なく,家内奴隷が主体で,生産の主要な担い手となることはなく,貢納賦役の忌避者,罪人,外人奴隷,奴隷の子などからなり,新王国では捕虜奴隷が急増する。商業の未発達のため債務奴隷の少ないのがエジプト奴隷制度の特色である。当時の生活の状況は墓壁に描かれた浮彫や絵画から具体的に知ることができる。

[宗教]

 宗教は社会のあらゆる分野を支配している。多神教で,自然現象,天体,動物,石,樹木など人知を超えたあらゆるものに神性を認めて神格化し,部族,村落,都市,州ごとに守護神をもっている。狩猟民の信仰に由来する動物神が多く,歴史時代にはいって神の擬人化が進んでも,完全な人間の姿で表現される神はプタハ,ミン,オシリス,アメンなどごくわずかで,人体に動物の頭をもつ姿で表現される神が多い (山犬頭のアヌビス,隼頭のホルス,雄羊頭のクヌムKhnumなど)。これらの地方神のうちプタハ,ラー,アメンなどは,国家統一後王朝の守護神・国家神として最高神とされたが,州の守護神もまたそれぞれの州で天地の創造者として最高神とされ,王の主宰する公儀宗教に組み込まれて厚く尊崇された。これら諸神の並存する世界に秩序を与えるため,神々を家族に構成し,特殊な職業の守護神と見なし (プタハは工人,クヌムは陶工,トートは書記,アヌビスはミイラ作りなど),宇宙創造神話を軸とする神話の体系化 (〈神学〉) を試みた太陽神アトゥムを創造神とするヘリオポリス神4 組の原初の男女神 (のち月神トート) を創造神とするヘルモポリス神学市神プタハの言葉による天地創造のメンフィス神学などが知られている。うちヘリオポリス神学がアトゥムに代わってラーを創造神とし,冥界の支配者オシリスとその子ホルスを神々の系譜に加えて優勢となり,創造神は太陽神ラーという観念が定着,新王国の国家神アメン・ラーのように,他の神々もラーとの習合により創造神の地位を正当化した。神殿は神の住居とされ,王侯貴族同様神官が召使いとして仕え,祭祀の基本は神像に対する身の回りの世話と飲食物の奉仕であった。
 エジプト人は死後の再生復活を信じ,現世と同じ生活が来世も続くことを願った。古王国時代は王のみが死後オシリスとなって永生を得,臣民は来世も王に仕えて永生にあずかるとされたが,第 1 中間期の王権の衰退後は,必要な準備さえ整えれば誰でも永生復活が可能とされた。準備とはまず,(1) 死者の住居である墓, (2) 死後の生活に必要な品々の副葬,(3) 飲食物の定期的な供与 (供養) の確保であり,生前より心がけておかねばならず,死ぬと, (4) 遺骸をミイラにして保存し,(5) 魂を呼び戻し復活させるための葬儀を営んだ。生者と同じく死者も食物が不可欠とされたため,供養の準備に力が注がれ,供養用の土地指定,食物の副葬,模型の副葬,供物や供物に関係する場面の模型や壁画を現実化するための呪文の壁面装飾など工夫がこらされ,供物の壁画は来世で実現したい現世の生活の壁画へと主題を広げていく。

[文学と学問]  宗教文学には死者の永生復活を助ける呪文を集めた古王国の〈ピラミッド・テキスト

中王国の〈棺柩 (かんきゆう) 文 (コフィン・テキスト) 〉,新王国の〈死者の書〉,新王国王墓の壁に記された《冥界 (案内) 書》《アテン賛歌など神々に対する賛歌があり,王に対する賛歌やラメセス 2 世の《カデシュ戦勝歌》もある。世俗文学ではまず教訓文学が出現,古王国のカゲムニやプタハヘテプ,中王国のドゥアケティ,新王国のアニの教訓や書記への勧めなどが書かれ,官僚としての人生の知恵を教えた。官吏たちの自伝的な墓碑銘もある。第 1 中間期から中王国にかけては世俗文学の興隆期で《雄弁な農夫の物語》《イプエルの訓戒》《ネフェルティの予言》《シヌヘの物語》《難破した水夫の物語》《生活に疲れた者の魂との対話》などに混乱に対する政治責任の追及,厭世観,新しい秩序の賛美などのさまざまな思想上の実験が反映されている。新王国の《二人兄弟の物語》《ウェンアメン航海記》は当時の開放的な空気を反映して,心情を率直に表現している。当時の日常生活を反映する恋歌や,牧人・農夫・漁師の歌もパピルスや墓壁の場面に記されて残っている。
 学問は実用的な目的に奉仕するものとして発達した。灌漑農業に必要な増水・減水や播種・収穫の時期,ピラミッドの地取り,宗教祭儀の正しい日時の決定などのため天体観測がなされて天文学や暦学が生まれ,減水後の耕地の再測量,灌漑工事やピラミッド・神殿建築など土木工事のための数学 (特に幾何学),ミイラ製作の必要から解剖や症状診断,薬理の知識を得て医学や薬学が発達した。ただし治療には投薬とともに呪術的処置も併用されている。これらの科学的知識はパピルスに記されて神殿の文庫に保管された。算術や幾何学の例題と解答を集めた〈リンド・パピルス〉,病気の症状と治療法を集成した〈エーベルス・パピルス〉,外科手術の診断と治療法の〈エドウィン・スミス・パピルス〉などがある。 〈実学〉として発達したため知識の集積にとどまり,事実をつなぐ法則の発見にはいたっていない。



エジプト史(1)  エジプト史(2)
エジプト史(3)  エジプトの風土
簡易年表  神話



(first updated 2006/04/30) lastModified: 2006年


笏(しゃく)Sceptre
|Ankhアンク| Djed pillarsジェド柱|Ouasウアス杖
ヘルメスの杖アスクレピオスの杖| |プタハ神の笏
聖獣文様 エジプトの目次


Atbet Japanさんからのプレゼント
INDEX アカンサス ツタ ロータス ブドウ ボタン ナツメヤシ
唐草図鑑バナー