聖樹聖獣文様
『聖なる幻獣』を読む
唐草とともにある聖獣
フランス国立ギメ東洋美術館Musée Guimetの収蔵品 9世紀末クメール
a decorative lintel from the end of the 9th century.
Vishnu cavalga Garuda, baixo relevo cambojano, século IX
ヴィシュヌとガルダ、そして、キールティムカ、マカラ・・唐草・・
ガルーダの肩にヴィシュヌ神が乗っている。ヴィシュヌの後ろアナンター・シェシャ蛇
獅子に関係する図像
キールティムカ
「幻獣」というので、ゲーム関係のいい加減な本かという先入見がありますが、この本の著者の、立川武蔵さんは仏教学・インド学 がご専門の学者で、「キールティムカ」についても、興味がわきました。
ちなみに本の紹介文に、メドゥーサやキマイラを先に出す理由は、「キールティムカ」がなじみのないモノであるからと思うが、メドゥーサやキマイラのようなポピュラーなものを前に出すと、論の中心が見えなくなってしまっているようだ。
荒俣宏さんの獅子のシンボルの中のページで、キールティムカ(「怪獣」、別名カーラ)というものに対して、言及があったのですが、その時点ではほぼ記憶に残りませんでした。同じ個所にあるマカラは、かなりおなじみだったのですが。
この、キールティムカは
立川武蔵教授(仏教学・インド学がご専門)の「聖なる幻獣」で、第1章の章題に挙げられていましたが、非常に興味深かった。ちょっとわけのわからない、 獅噛(獅子嚙み)とも関係があるようだが、ものを食べることに関する根源的宗教的な、シンボル的なイメージであると考えられる
・・ということで改めて、以下に。
立川武蔵(著)/大村次郷 (写真)(集英社新書 集英社(2009/12/16))刊 |
「神々や仏の聖性を高める獣たち」
(内容(「BOOK」データベースより)) メドゥーサ、キマイラ、キールティムカ、海獣マカラ、竜、一角獣、スフィンクス、ガルダ鳥、グリフィン等々、人間は、自然界に存在しないさまざまな寄妙な動物たち―幻獣を考え出してきました。それらはヨーロッパ、アジアにとどまらず、あらゆる地域の神話に登場し、現実の動物にも負けないほどのリアリティーを持っています。そして、その異様なもろもろのイメージには共通した要素があり、ある種の「聖性」を有し、人々に戦慄と畏敬の念を覚えさせます。本書は、この聖なる獣たちが人間文化の中にどのような棲家を見つけ、いかなる働きをしてきたのかを見ようとするものです。
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キールティムカとは
羊の角をつけたライオンの頭と手のみの図像
顔面と両手のみ
挙げられている浮き彫り
図0-1 キールティムカ(ほまれの顔)
寺院の境内や本堂の入り口上部におかれ、外敵の侵入を防ぐ。口に咥えた蛇を両手で持つ。カトマンドゥの旧市街にある、セト・
マチェンドラ寺院の門
頭と手のみの存在であるということに驚きました。 以下は、まずざっとよんでからの、予習ですが、獅子と蛇はともかく、山羊の角をつけているというのも課題です・・
Wikipedia.enの
説明は・・
Hindu demon face with horns, huge fangs, and gaping mouth often used as a decorative motif in Indian and Southeast Asian temple architecture.
ヒンズー教のデーモン
The monstrous face with bulging eyes sits over the lintel of the gate to the inner sanctum in many Hindu temples.
ふくらんでいる目がある奇怪なモンスターの顔
The word mukha in Sanskrit refers to an animal's snout or muzzle (also beak, mouth, face, countenance) while kīrti means "fame, glory ".
kirtimukhaとは、
キールティ=ほまれ、
ムカ=顔を意味する サンスクリット語
Wikipediaでは
カトマンズやインドのキールティムカの図像が見られますが、
◇ネパールのヒンズー寺院のもの
Kirtimukha above entrance to Hindu temple in Kathmandu/Nepal
◇インドのKasivisvesvara寺のもの
Shrine at Kasivisvesvara temple in LakkundiKirthimukha (demon face) with miniature tower–decorative arch combination going up the shrine superstructure
(
Architecture of Karnataka)
いくつが上下につながって模様と化している感じ・・
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目次読書
序章
「聖なるもの」とは「俗なるもの」から区別されたもの(p30)
聖獣たちが生き続けてきた理由は、古代の人間たちのみでなく現代に生きるわれわれも
「聖なるもの」を必要としたからだと思われます。
問題は「聖なるものとは何か」(p31)
聖獣は一見宗教とは関係のないような建築あるいは民家の装飾として現われたとしても、
それはまず例外なく宗教的な意味合いを持っていると考えることができます。
聖獣たち・・それぞれどのような棲家を人間文化の中で見つけ、どのような働きをしているのか
第一章・ライオンの顔に似たキールティムカの起源やそのイメージの伝播のルートについて
第二章・・ワニに似たマカラの起源と伝播のルート(東アジア、東南アジアへ)
第三章・・キールティムカとマカラがインド以東で、組になっているその意味・・・・
第一章 キールティムカの顔
「ほまれの顔」
シリアの獅子型儀礼用容器
輪廻の輪とキールティムカ
馬頭観音
ギリシャ神話とキールティムカ
キールティムカと獅嚙
キールティムカと鬼瓦
ブラーナ文献、胎蔵曼荼羅におけるキールティムカ
バリ島のキールティムカ
「ほまれの顔」+図像確認@WEB
あまり見当たらない・・追記 ウィキメディアにありました
図(第一章表紙)
ブリヤ・コー寺院(カンボジア)
「聖なる牛」という意味のブリヤ・コーは875年の建立
アンコール最古の遺跡ロリュオスの寺院
アンコール時代初期の遺跡群で、この地域がアンコールの最初の王都
「天空の城ラピュタ」を彷彿させる寺院とアンコール前王都Rolous Group
アンコールワットよりも数百年も古い遺跡
蛇を咥える
図1-1 ビハール州(インド)現存最古のものの一つ(5世紀)
図1-2 ブリヤ・カン寺院(カンボジア クメール遺跡)
図1-3 チェンナイ博物館 (カンダブール、インド)
ことさらに大きな目はインド南部の特徴
タミルナード州ではこの怪獣は「ヤーリ」と呼ばれる
図1-4 花綱を吐き出す アジャンタ第1窟正面入り口の柱上部(上にあることは重要)
・・
花綱を吐きだす(5~6世紀)
WEB検索
Wa☆Daフォトギャラリー
https://wadaphoto.jp/kikou/aja2.htm
図1-5 チベット仏教寺院 ボーダナート、カトマンドゥ盆地
口から宝ものがこぼれている
(何かものを生み出す存在)
キールティムカは、
天空に棲み人にとって良きものを生み出す存在
図1-6 韓国 麻谷寺(magoksa)の寺門
韓国仏教の中心であるお寺
手のないキールティムカ
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シリアの獅子型儀礼用容器
異なる二つの原泉
1・シリア出土の容器
シリア北部ではライオンの顔を縁に配した儀礼用の杯がいくつも出土している
三鷹の
中近東文化センターにも数点あり
ライオンの口の下に小さな穴がある
香油を入れる丸い鉢を両手で持つライオンのイメージ
セレウコスSeleukos朝(紀元前305年~紀元前64年) よりはるか以前
紀元前1000年紀までさかのぼる
円形の杯を両手でささげ持っている
シリアの獅子のイメージは、インドにおいてキールティムカが登場数慮リはるかに古くから存在し、その源泉となったと考えられる。
挙げられているのは12センチ、14センチくらいのもの
図1-7儀礼用杯 前9~前8世紀
図1-8儀礼用杯 前1000年紀
図1-9儀礼用杯 前9~前8世紀
輪廻の輪とキールティムカ
インドでは紀元前から
六道輪廻の思想が人々に浸透していた
天、アスラ(魔人)、人、動物、餓鬼、地獄・・六つの境涯
(アスラ=修羅を除いて「五道」という場合もあり)
(キールティムカのイメージは輪廻の考え方よりもかなり新しい)
キールティムと輪廻の輪との間の興味深い関係
図1-10アジャンタ第17窟入り口の壁画(5~6世紀)
中国や日本で「
無常大鬼」と呼ばれる
後世、とくにラダック、中央チベット、ネパールにおいては、足があり虎皮
の腰巻をまとっている
チュプ、クシュプと呼ぶ(
チベット語では シパ)
無常大鬼」のWEB
検索https://blogs.dion.ne.jp/pentacross/archives/6760916.html
https://www.city.kawasaki.jp/88/88bunka/home/top/stop/zukan/z0133.htm
馬頭観音
(p52)
カトマンドゥ盆地では108種類の観音菩薩が崇拝されている。その108番目(かなり重要)
サンスクリット名「ハヤ・グリーヴァ」=馬(ハヤ)の首(グリーヴァ)を有するもの
元来は菩薩のグループでなく、忿怒尊(明王)
図1-13 ネワール仏教の馬頭観音アジャンタ第17窟入り口の壁画(
頭に馬の頭部をいただき輪廻の輪に似た輪を咥え持つキールティムカの姿)
馬頭観音
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ギリシャ神話とキールティムカ
インドのキールティムカの2つの要素
1.シリア的要素
2.ギリシア的要素
ゴルゴーン(3姉妹、その一人がメドゥーサ)
海と大地の子ポルキューズを海にすむ怪物ケートーの間の娘
棲家を知っているのは、ごルゴーンの姉妹の老婆の精グライアイのみ
ペルセウスがメドゥーサを退治
切り落とされた後もメドゥーサの首は見るものを石に変える力を持ち続け、多産豊穣の神として崇拝された
女神アテナの盾の飾りに用いられた
図1-14 ディディマのアポロン神殿のメドゥーサ
図1-15 ヴァルヴァキオン作のアテナ女神像
パルテノン神殿に祀られていたフェイディアス作のアテナ女神像のミニチュア)
アテネ国立考古学博物館
メドゥーサはギリシャ・ローマ時代しばしば神殿の正面入り口の梁に飾られた
=インドにおいて「ほまれの顔」と呼ばれたものの元来の性格
図1-16 ローマのハドリアヌス帝の鎧に彫られたメドゥーサ
チャナッカレ考古学博物館
キリスト教が広がると、ユスティアヌス二世は東ローマ帝国の首都コンスタンディノーブルの地下宮殿と呼ばれる貯水槽hの柱の土台としてメドゥーサを封じ込めた
図7-8
それでもゴルゴンは今日のイタリアにいきている
ゴルゴンの紙=生きた蛇
メドゥーサの顔がライオンの皮を被ったヘラクレスのイメージの影響を受けて、
ライオンの顔のキールティムカになっ
た
「へールカ」と呼ばれる秘密仏(8~9世紀 密教仏)・・象の皮をかぶったり、虎皮の腰巻を巻いていたりする。
・・ギリシャの英雄神ヘラクレスがインド文化を関係していたと指摘されている
キールティムカと獅嚙
インドにおいてキールティムカがはっきりした形で登場してくるのは紀元後
四世紀前半以降のグプタ朝の時代
(メドゥーサの方がはるかに古い)
図1-17 切妻屋根が作る三角形の頂点に見られるキールティムカ
中世のインド建築に関する文献「マーナサーラ」などにおいてほとんど言及されていない
(メドゥーサ像が置かれる位置と似通っている)
図1-18 中国 天梯山石窟、金剛力士と思われる像の腕の部分に見られるキールティムカ
図1-19 増長天の甲冑の腹の部分に見られる キールティムカ
日本の四天王の胸、腹、靴先などにキールティムカが見られる
東大寺法華堂(8世紀中ごろ)の四天王にも見られる
図1-20 しがみ(獅噛)=「獅子が噛みついている」
獅嚙火鉢、香炉・・
中国や日本によくある
キールティムカと鬼瓦
9世紀の空海 (2年で帰国した→帰国の許しを得るまで3年滞在大宰府観世音寺a
この寺の鬼瓦のイメージはキールティムカ
天空から下界を見下ろして、魔よけの役割
図1-21 青龍寺〔西安〕
ヨーロッパ、恐ろしい行雄によって悪鬼から守る怪獣・・しばしば雨樋《ガーゴイル、樋嘴(ひはし)》になっている
図1-22 聖堂を守る怪獣グリフィン ルヴァの大聖堂 イアリア
図1-23 アンコール・ワットの回廊(12世紀)の屋根にもキールティムカが見られる
沖縄の家屋の屋根に素焼きのシーサーが置かれているのと同様のケース
ブラーナ文献、胎蔵曼荼羅におけるキールティムカ
インドに伝わるヒンドゥー教の
神話集とも言うべきプラーナ文献にも現れる
(
前述)
空海は唐から胎蔵曼荼羅を請来
この曼荼羅の門の梁にもキールティムカが現れる
図1-25 日本の胎蔵曼荼羅に描かれた門に見られるキールティムカとマカラ(柱上部)
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バリ島のキールティムカ
図1-26 ウブドの旧王朝の「「カーラ」(サンスクリット語で、時、死神)、「ボーマ」(ブーミ=大地に由来する)あるいは「サエ」などと呼ばれる
図1-27 「サエ」=口に蛇でなく草あるいは葉を加えているもの、何も咥えていないものを「ボーマ」と呼ぶ場合もある
2011年4月1日 追記:ウィキメディアに図像がありました。このページ上部に追加。周囲の唐草スクロールなどもしっかり見えて嬉しい。
2011年3月30日
挙げられていた参考文献の続きですが,
下記の「サイと一角獣」を一読。・・・
なぜ挙げられていたのか分からないまま・・(~_~;)
第六章の参考文献でしたので、またのちほど。
・
サイと一角獣 (博物学ドキュメント) ベルトルト ラウファー Berthold Laufer (著), 武田 雅哉 (訳):博品社(1992)
・
一角獣リュディガー・ロベルト ベーア R¨udiger Robert Beer (著), 和泉 雅人 (訳):河出書房新社 (1996)
一方、以下の『アジャンタとエローラ』のほうであるが、大村次郎さんの写真のある「アジアをゆく」シリーズで
面白い。このシリーズには、荒俣宏さんの「獅子」もはいっているが、、こちらの本の末尾は、以下のようにキールティムカで締めくくってありました。
アジャンタ第一窟。
獅子に似た怪獣キールティムカと、鰐に似た怪獣マカラ。
怪物から吐き出される花環。その花は市の国に旅立つ死者の供養にと、水に流したマリーゴールドが再び生命を得て噴き出れているのだ。
アジャンタ第17窟。
円い輪廻図を獅子に似た怪獣キールティムカが口でくわえ、両手でつかんでいる。
この獣は日本では大無常鬼と呼ばれ、「時」の怪物である。
この「時」の怪物は、すべての生類が無常であることを告げる一方で、すべての生類を口から生み出してもいる。
それはシヴァが死神であるとともに生命エネルギーの権化でもあることに似ている。(p115)
『聖なる幻獣』を読む
(以下第二章の
マカラに続く)
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