なぜか後の時代のほうが、「逸名」の画家という者が増えるような。
「ベルリンの画家」の様な逸名の画家は、「署名をしなかった」というわけだが・・・
更に見ます・・・・
新潮世界美術辞典:ベルリンの画家
Berlin Painter :古代ギリシアの逸名の画家。
前500~前480年頃活躍。
「へルメースと2人のサチュロス」 を描いた有名な西ベルリン国有古代蒐集のアンフォラにその名は由来する。
大型陶器をこのみ、特に画面を枠取りせず、直接黒地に単独像を気品のある的確な線描によって、大きく浮き出させる独特な画風を完成した。250点近い作品が伝わっているが、代表作は他に「キタラ―弾き」(メトロポリタン美術館)、「海を渡るアポロ-ン」(ヴァチカーノ美術館)など、初期のものに多い。
Hermes und der Silen Oreimachos, Amphora des Berliner Malers um 490 v. Chr., in Vulci gefunden, Antikensammlung Berlin/Altes Museum
http://www.penhook.org/vase.htm the Berlin F 2160 Vase
こちらにはっきりした図あり:カドケウスをもつエルメス
http://www.beazley.ox.ac.uk/tools/pottery/painters///berlin.htm: この、ギリシアの装飾陶器の世界的な権威 ジョン・ビーズリーについては、新潮世界美術辞典の美術史家の項に名前がないのですが、Wikipediaに日本語でありました。
朝日新聞社 - ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち (2009年)
古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術部門 ベルリンの画家に帰属
《赤像式スタムノス:蛇を絞め殺す幼児ヘラクレス》
前480~前470年頃 粘土
新潮世界美術辞典:クレオフラデースの画家
Kleophrades Painter :古代ギリシアの陶画家。
前500~前470年頃活躍。
陶工クレオフラデースの署名のある陶器に絵付けをした。その作品の一つ、ベルリンにあるぺリケ―の署名から、その名がエピクテートスであったことが知られ、[※]黒像式のエピクテートスと区別してエピクテートス二世とも呼ばれる。エウテューミデ―スの弟子。100余りの遺品が知られるが、大きな器に荘重厳格な作風で描いた。
恍惚としたマイナデス(ミュンヘン、古代工芸美術館のアンフォラ)
トロイア落城の図(ヴィヴェンツィオンのヒュドリア―、ナポリ、国立考古美術館)
※https://en.wikipedia.org/wiki/Kleophrades_Painter
「1981年にサー・ジョン・ボードマンは、
署名は現代の偽造であることを実証した、とKleophrades画家は匿名に戻った」
※ミュンヘン、州立古代美術博物館 Staatliche Antikensammlungenen.wikipedia
新潮世界美術辞典:アキレウスの画家
Achilleus Painter :古代ギリシアの陶画家。
前460~前435年頃アテナーイで活躍した赤像式及び白地レーキュトスの陶画家で、ヴァティカーノ美術館所蔵のアキレウスを描いた赤像式アンフォラから命名。
特に白地レーキュトス画に新しい境地を開き、墓碑を描かない室内空間に2人物のみを相対せしめ、生と死との表現に深い内面性を加えた。ボストン美術館やミュンヘンの古代工芸美術館の白地レーキュトスはとくに名高い。
Achilles Painter name vase:
http://www.beazley.ox.ac.uk/tools/pottery/painters/keypieces/redfigure/achilles.htm
His name vase is an amphora, Vatican 16571, in the Vatican museums depicting Achilles.
おもに紀元前480年ころから紀元前450年ころまで活躍したとされる人物。ミュソン (Myson of Chenae) の生徒、マンネリスト (the Mannerists) の最初のひとりとされる
Museum of Fine Arts, Bostonhttp://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/‥コドロスの画家に帰属された、アッティカの赤像式杯(ルーブル収蔵)
逸名の画家は、・・・まだまだ「タレイデスの画家」「ボザンケの画家」「エオエレイオスの画家」・・・
しかし、辞書にありません・・(また後ほど物件)
ちなみに「オックスフォード西洋美術辞典」のギリシア陶器の項の本文には陶画家の名がまったく出てきません。エクセキアス一人だけが、引用の陶器の図のキャプションにでています。
名前に関連して、以下「カロス銘」なるものについて・・これが、ほとんどの場合主題と無関係というのが、意味がわからないところです・・(?_?)
新潮世界美術辞典:「カロス名」
Kalos name:ギリシア陶器の画面にしばしば記された銘の一種。カロスとはギリシア語でほぼ「美しい」とうほどの意味であるが、その全内容は一語に訳しがたい。
前6世紀後半から前ン5世紀前半にかけて、普通「何某はカロス(kalos、女性形はカレーkale)」という書き方で、多くの場合陶画の主題とは無関係に、制作時にアテーナイ市民の寵児であったもものの心身の美に対する感嘆を表したものとされる。同じ人物が多数の陶器に記される場合が多いので、陶器相互間で年代決定に役立つだけでなく、カロスと呼ばれている二百数十人の名前のうちには歴史上の著名人もおり、この点でも年代決定の重要な手掛かりとなる。
Signed by Douris (painter) and Kalliades (potter)
Ancient Greek Attic red-figure cup, c. 490 – 480 BC, from Capua.
紀元前480年- 前490 頃 ルーヴル美術館、G 155。
Inscriptions on the left: (ΕΕΝΕΜΕΚΝΕRINE (meaning unclear), HERMOΓΕΝΕS KALOS ("Hermogenes kalos" - "Hermogenes is beautiful").
Inscriptions on the right: HEOS ("Eos"), ΔΟRIS EΓRAΦSEN ("Doris Egraphsen" - Do(u)ris painted it).
Inscription on the right: MEMNON ("Memnon"), KALIAΔES EΠOIESEN ("Kaliades epoiesen" - Kaliades made it). Musée du Louvre, G 155.
左の銘:(意味不明な文字列)と(「Hermogenesカロス" - " Hermogenesは美しい」)
右の銘:「HEOSイオス」、「MEMNONメムノン」、
「ドゥーリスはそれを描き-Kaliadesはそれを作った)」
Wikipedia:古代ギリシアの陶芸(20151103閲覧)
古代ギリシアの陶器には2種類の銘がある。陶工の銘と絵付師の銘である。陶工の銘はギリシア文字が生まれた紀元前8世紀ごろから見られる。絵付師の銘が見られるようになるのはそれから1世紀ほど後のことである。ヘレニズム期になると銘が書かれなくなった。
Pioneer Group のようなアテナイの有力な絵付師は陶器に文を書き込むことを楽しんでいたように見え、彼らのリテラシーと文化的程度を証明している。
後援者の名が銘として記されていることがあり、描かれている人物や物の名前が書かれていることもある。パンアテナイア祭のアンフォラ(大英博物館、B 144)には描かれた場面を補う文として ‘Dysniketos’s horse has won’ と書かれていた。
より不可解な銘としてカロス銘がある。これは当時の有名な美男子の名を書いたもので、アテナイ上流社会の求愛儀礼の一部だったという説もあり、日用品とは思えない様々な陶器で見られる。
これまでギリシアの陶器の歴史を陶画家を中心に見てきましたが、ここでもう少し、ペルシア戦争とギリシアの生活を陶画で見てから、「陶画で見るギリシアの神と英雄神話」といった視点から見ることにしたい。
ギリシア文明が偉大だと言っても、なぜこうも好戦的で残虐な面があるのかと疑問に思わざるをえない。
それに対して、ヘロドトスはこう言っているという。
穏やかな土地は穏やかな人間を育むものである、大地の素晴らしい恵みと勇敢な戦士が同じ土地から育つことはない。; (ヘロドトス「歴史」9-122)
この言葉は「図説 古代ギリシア」(John Camp、 Elizabeth Fisher 東京書籍 2004 ) の巻頭にあり、何か重要な言葉を聞いたように思った。
紀元前776年は、最初のオリュンピア祭が開かれた年で、これをギリシア歴の元年とする
⇒古代ギリシア都市コリントス⇒幾何学様式の陶器⇒アッティカの陶器 1(黒蔵式)、2(赤像式)
ギリシアのアッテイカ地方
西洋建築史⇒「建築-美と空間」⇒パルテノンのフリーズの解釈、 ⇒フリーズのギガントマキアーと蛇
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