葡萄唐草の文化史
葡萄唐草
葡萄 象徴・文様・文化
ブドウの象徴するもの
(平凡社世界大百科辞典1988刊 荒俣宏)
ブドウは
最も古い栽培植物の一つで,
「創世記」9章20節にも,ノアが箱舟を出てブドウ畑を作り始めたとある。
それは一般に
生命と豊饒(ほうじよう),
歓楽と祝祭を象徴する。
また聖書では,ブドウは
神の慈悲の象徴と考えられ,
モーセはイスラエル人に対して,
摘み残したり地上に落としたブドウの実は放置して
貧者に与えよ,と命じている
(「レビ記」19:10)。
古代エジプトではオシリス,
ギリシアではディオニュソス=バッコスにささげられた植物で,
これらの豊饒神がオリエント,エジプト,さらにヨーロッパへ
ブドウの栽培を広めてまわったとする伝説も多い。
彼らを祭る神殿はブドウづるで飾られ,
聖所に不可欠な装飾となった
また,ブドウ酒の酔いが人々に苦痛を忘れさせたため,
ブドウづるの茂る場所が[逃避の場]を意味するようになり,
古代ローマではイチジクとともに
[家庭の慰安]を表現する植物となった。
一方,キリスト教にあっては,
聖餐(せいさん)に用いられるブドウ酒がキリストの血を象徴する。
また「ヨハネの黙示録」16章19節ほかにある語句[怒りのブドウ]は
神の怒りと復讐(ふくしゅう)を表し,
大地主の搾取に移住労働者の怒りが高まっていく過程を描いた
スタインベックの小説のタイトルにもなった。
またアウグスティヌスは
ブドウ搾り機 wine‐press(神の怒りや殺戮の象徴)にかけられたブドウの房を
イエス・キリストの受難の姿とみなし,
これを象徴的図像表現に定着させた。
なお,「民数記」13章23節には,
モーセが男たちに命じてカナンの地を見に行かせた際,
二人がザクロ,イチジクとともにブドウを一房
棒にかけて持ち帰った話があり,
転じて[約束の土地]の象徴ともなった。
このためフランスの教会堂のステンド・グラスには,
ブドウを運ぶ二人の男の図柄が盛んに用いられ,
やがて棒にかけられたブドウの図は,
キリスト磔刑(たつけい)の寓意にもされた。
『聖書と神話の象徴図鑑』 岡田温司 監修 (ナツメ社2011刊)でブドウに関係する図は4つ
「ブドウは、救世主イエスの生命、または酒の神の象徴」
2つは神話の酒の神バッカスで(ベラスケスの絵とミケランジェロの彫像で葡萄の葉の冠をつけている)
もう2つはキリスト教の方で、デューラーの「ブドウ絞り器としてのイエス」 、クラナッハの「ブドウをつまむ聖母子」であった。
→バッカス=ディオニュソス はこちらへ
ルーカス・クラナッハ 「葡萄をつまむ聖母子」
Lucas Cranach c.1510
( Madrid, Museo de Arte Thyssen-Bornemisza)
.https://www.museothyssen.org/
Albrecht Durer(派) c1511
アンスバッハ、
ザンクト・グンベルト聖堂
デューラーの周辺で描かれたとされる《葡萄圧搾機としてのキリスト》
https://www.nttdata-getronics.co.jp/
→『描かれた身体』小池寿子(2002青土社)
(平凡社世界大百科辞典1988刊 荒俣宏)
そのほか,
小羊とブドウの房を組み合わせた図柄は
犠牲,
ブドウの房から麦の穂が突きだした図柄は
聖体拝受 を表す。
聖書に題材を取る宗教美術においては,
イブの陰部をおおうのにこの葉を描くのがふつうで,
アダムのイチジクの葉と対をなす。
また17世紀のオランダの静物画では,
ブドウを秋の寓意とした。
花言葉は[慈悲]と[歓楽]
[聖書の植物]
H.N. モルデンケ (1991八坂書房)にある81プランツの70(p146‐p149)にある。ブドウは聖書の中で、栽培植物として出てくる最初の植物で、象徴的な意味に使うこともしばしば、とあるが、 「思想としての動物と植物」山下正男(1994八坂書房)とあわせ、詳しくはのちほど→
果物籠(c1595- 1596)
アンブロジアーナ絵画館 (公式サイト)(ミラノ)
参考「花と果実の美術館―名画の中の植物」小林頼子 (2010八坂書房)
[文様]
(平凡社世界大百科辞典1988刊 長田玲子)
ブドウはザクロと並んで
豊穣のシンボルとされ,
ギリシアのディオニュソス信仰とも関連して
古くから
聖なる果実として尊ばれた。
そのことから葡萄文は
瑞果(ずいか)文として使われている例が多い。
イラン系の美術で
ブドウが動物や女神とともに描かれているときは,
単なる果実?
→瑞果文(ずいかもん)|ザクロ |イチジク | リンゴ| オレンジ:黄色いりんご| モモ|
またローマ時代の妓堂(びようどう)のモザイクに葡萄樹がしばしば描かれるが,
このような葡萄樹は宗教的な色彩をもち
楽園を表しているとされる。
またブドウは唐草文様のモティーフに好んで使われている。
つるが唐草の主軸となり,
左右に房と葉とを配した形が葡萄唐草の基本で,
地域や時代によってさまざまな変化をみせる。
→ローマの葡萄棚
「完熟した房」⇒
西アジアでは,
パルミュラのベール神殿Palmyra Syria浮彫のように
完熟した房が描かれているもの⇒
ベル神殿の文様
→ササン朝の生命の木
ササン朝の銀壺にみられるように
茎のカーブの大きさに比べて茎や房が小さいもの
またベグラーム出土の象牙浮彫では
ブドウの房を縦横の線だけで表現している。
シルクロードの遺跡から発見された染織品には
葡萄唐草による円を織りなしたものも多い。
中国では鏡の背面装飾に用いられる葡萄唐草が注目される。
海獣葡萄鏡がその中心で,
隋・唐代のこの鏡のデザインは,正倉院にも伝わっている。
仏教美術でも葡萄唐草は盛んに使われるが,
日本のものでは
薬師寺薬師如来像(白鳳時代)台座にあるものが美しい。
⇒
薬師寺の葡萄唐草
ブドウはまた桃山から江戸時代初期の工芸では
リスと組み合わされて,しばしば描かれた。
古伊万里の染付大皿や漆芸品にもおもしろく仕立てられている。
「海獣葡萄鏡」
「楽園の図像―海獣葡萄鏡の誕生―」
石渡美江著
葡萄唐草文の文化史を読む
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葡萄唐草 WEB 検索
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「ワイン、女性、そして歌を少しも愛さぬ者は生涯の愚者であろう」
■
Wikipediaイスラムの陶芸
葡萄の枝と柘榴の模様とアラビア文字の銘文がある、
型により装飾を施された粘土質の陶器
7-8世紀、スーサ ルーヴル美術館蔵(MAO S. 376)
「オリエントの文様」ベル神殿梁断片(※⇒
ベル神殿)
象徴・文様・文化
生命の木 聖樹
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